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2009年11月の記事

2009年11月30日 (月)

JustBlog 11/30/2009


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2009年11月29日 (日)

JustBlog 11/29/2009


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2009年11月28日 (土)

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  • 小沢一郎さんは政治家として毀誉褒貶があるけれど、少なくとも彼が民主党党首として党本部で開いた会見は、フリーのジャーナリストでも、個人のブログをやっている人も、参加できる体制だった。西松建設問題で秘書が逮捕された後も、それは変わらずに、記者の質問に答えていた。

     党首が鳩山さんに代わっても、それは変わらなかったが、鳩山さんが首相になって場所が首相官邸になったとたんに、記者クラブ会員の社の記者でないと参加できなくなった。(またまた、平野官房長官なのかしら?)

     亀井静香金融担当大臣は、記者会見を記者クラブ用とその他の場合に分けて行っているそうである。記者会見にだれでも出席できるようにしようとしたら、記者クラブからクレームがついたという。

     記者クラブは、首相が記者クラブの許可なく一社とだけインタビューに応じることを禁じている。かつてニューヨークタイムズが小渕恵三総理に記者会見しようとして申し入れたら、首相側は承認した。しかし、記者クラブが許可しない。


     同じく小渕恵三さんが総理大臣のとき、フリーライターの佐野眞一さんは総理官邸でインタビューを行ったが、そのとき新聞記者に見破られないようにと、官邸の裏側からこっそり入ったという。

     総理が官邸から長時間出てこないことを不審に感じた記者たちは大騒ぎした。「総理、誰と会ったんですか」と質問すると、小渕さんは「日本人だ」と答えたらしい。

     総理はどうやら創価学会の池田大作名誉会長と秘かに会ったらしい、という話になったそうである。





  • 「世間というのは、つまり個人だ」という台詞があった。
    世間は所与の前提でもなければ、従うべき規律でもない。見る人と見られる人によって変わるものだ。そして私たちが自分たちで作るものだ。
    母親なら子どもの食事は三食作るのが当然だとする「世間」があるのなら、私はそんなの嘘だと言う「世間」になる。

    「お母さんのごはんしか食べたことがないまま大きくなっちゃうと、余所のものを食べることになったときに子どもが大変じゃない?給食とか健康的なもので今のうちに慣れておいたほうが適応力がつくと思う。好き嫌いも減るだろうし、友だちとおんなじものを食べるのも楽しいだろうし」

    私がそう言うと彼女はぱっと笑い、そうよねそうよね、やっぱり給食にしよう、と言った。
    彼女だって何が何でもお弁当を作るのは変だと思っていて、だからそれを否定しそうな私に話を振ったんじゃないかな、という気がした。
    そういうのってとても健全な心のあり方だ。単一の「世間」なんてないんだから、時に





  • 夏目漱石「こころ 」から。

     悪い人間という「一種の人間」がこの世の中にいると、君は思っているのですか?そんな鋳型に入れたような「悪人」が世の中にある筈がありませんよ。平常はみんな善の人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。





  • それによると、一日の時間を長くするためには、次のようなことに気を付けて生活するといいのだとか。

    1. 早起きしよう
    2. 計画を立てよう
    3. 同じような仕事は一度に片づけよう
    4. したいことがあれば最初に計画に入れてしまおう
    5. マルチタスクは避けよう
    6. 集中しつづけよう
    7. 定時退社を心がけよう

    それができれば苦労はないです! ......と言いたくなる項目も中にはあるかもしれませんが、少しでも心がけることで効率よく時間が使えるようになるかも?





  • 認定では、男性は05年12月以前に発症したとされ、発症から2年近く症状を抱えたまま働いていたことになる。

     男性の労働時間を記録したメモによると、この間、月に350~529時間働いていた。ほとんど、店に寝泊まりして働く状態で、賃金は30万円の固定給与だったという。

     男性は現在、リハビリを兼ねて働いている。同センターの川本浩之さんは「不安定な雇用の中で常軌を逸した働かされ方をしている。非正規にまで広がった長時間労働を改めていく必要がある」と話している。

     長時間・過重労働を巡る労災に関しては、うつ病など精神障害の労災で、08年度は927件(うち自殺148件)の申請のうち、30~39歳が303件、20~29歳が224件と20~39歳で5割を超えている。08年度は労災認定件数が過去最多だった。

     サークルKサンクス広報部は「労災の認定を受けたことは承知しているが、詳しい内容は把握しておらずコメントできない」と話している。



2009年11月27日 (金)

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2009年11月26日 (木)

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  • デフラグといっても Windows XP 標準のデフラグでは 空き容量へのデフラグをちゃんとやってくれないようで これだと SSD の特性上あまり効果がないみたい。

    というわけで、上記記事で紹介されていた
    Deflaggler というフリーソフトを使ってみた。

    * Defraggler - File and Disk Defragmentation - Free Download

    これはいい。
    Windows XP のデフラグよりずっと高速だし
    ちゃんと空き容量を整理してくれるから SSD の書き込み速度が回復するし
    空き容量のみやファイルやフォルダ単位でのデフラグもできるし。

    というわけで
    「何のために買ったんだろうこれ」と思っていた EeePC ですが
    これからまた活躍してもらうことになりそうです。
    いままで放置しててごめんな。





  • どれほど卑しい人間でも、1日5食6食食べ続けることはできないし、服だって一度に一着しか着られない。
    人間の身体が消費活動を限界づける。
    しかし、消費主体が「自分は何ものか?」という幻想構築のために消費するようになれば、消費活動には原理的に限界がない。
    ギルティフリーにしてもサステナブルにしても、それが消費主体のアイデンティティ構築にかかわる限り、「これで終わり」ということはない。
    タワシは一家に2つもあれば足りるが、人間が「私はあらゆる罪から免れている」ということを立証するために消費活動を行うならば、購入すべき商品に「これで、おしまい」ということはない。
    「あなた、まだそんな環境にやさしくない商品を使っているの!」という隣人からの批判に屈服して次の「さらに環境にやさしい商品」に乗り換えることを「サステナビリティ・コンシャスネス」の高い消費者は永遠に止めることができない。
    だが、そうやって「環境にやさしい商品」を大量生産・大量流通させ、「環境にやさしくない商品」を大量廃棄することそれ自体が「環境にやさしくない」行動だということは彼らの意識には前景化しないのである。
    だから、消費行動が変わったと言っても、基本的なスキームは変わっていない。
    大学院のゼミの後期のテーマは「日本再生」であるので、もちろん、「基本的なスキームは変わっていない」で話が済むはずはない。
    経済活動を再生させるにはどうしたらよろしいのか。
    それは論理的には、資源の枯渇、人口の抑制、市場の縮小という条件に適応する経済活動へシフトすることである。
    別にむずかしいことではない。
    人類史の黎明期から数万年はずっと「それ」でやってきたのだから。
    それは「商品交換」から「贈与」に経済活動の基本行動を置き換えることである。
    「商品経済」から「贈与経済」へ。




  • ハワイに行く飛行機は、バケーションに行く本土の人たちの中に、ハワイのローカルっぽい人が散見される。男性はアロハシャツ、若い女性や女の子は前髪のないワンレンの長い黒髪、というのが定型パターン。(ハワイの人はブーツは履かない。)

    +++

    アメリカ本土の社会に普段は紛れ込んでいる人たちが、こうして飛行機という「ふるい」にかかると、出身地ごとの強いカルチャーを見せるグループに分かれる。

    「ふるさとの訛りなつかし停車場の人込みの中にそを聞きに行く」

    という石川啄木の短歌があるが、あの歌では、上野駅という場所が、いろいろな出身地からの人々が集まる東京において、強く故郷との繋がりを体現する場所なわけですが、アメリカの場合はそれが空港なんですね。

    (ちなみに、ビジネス客が多い国内線の待ち合い・機内は殺伐としてます。はい。特に疲れて家に帰る出張者ばかりの夜の便は本当に雰囲気悪い。みんな、あり得ない巨大なキャリーオンバッグをがらがらと持ち込み、オーバーヘッドビンに入りきらなくて中々離陸できなかったり。大阪ー東京の新幹線の最終の徒労感に殺気を加えた感じでしょうか。やれやれ。)





  • a) 500巻に及ぶ人間の歴史を一行で要約・・・「人は、生まれ、苦しみ、そして死ぬ」

    サマセット・モーム「人間の絆 Of Human Bondage」より・・・人間の歴史を知りたいある国王は、賢者に命じて人間の歴史を書いた500巻を集めさせた。でも読む時間がないので、要約するよう命じた。それから、20年後に賢者らは1/10に要約した50巻の書物を宮廷に持参。今度は読む気力がないので、もっと短く要約するよう命じた。さらに20年後、賢者らは杖をつきながら、一冊の書物を宮廷に持参。しかし国王は臨終のベッドの中。そこで、賢者らは人間の歴史を一行に要約して聞かせた。それが、「人は、生まれ、苦しみ、そして死ぬ」。





  • 3) 意思決定の基準: 罪 vs. 恥

    判断基準が神の地域では、他人はどうであれ神と私との「縦の関係」なので、「そんなことしたら神様に叱られるよ、罰を受けるよ」。一方、判断基準が周囲の人々の地域では、人と人との「横の関係」共同体を重視するので、「周りの人から笑われるよ、そんなことして恥ずかしくないの」。『菊と刀』で有名な文化人類学者ルース・ベネディクトいわく、「罪の文化 vs. 恥の文化」。

    (参考)
    日本の神話全体像: 朝鮮系の王権神話 + 南方系の無為中心の構造

    「中空均衡構造」は日本独特だと思われがちだが、二つの神が対立するような三神構造がインドネシアでもしばしば認められることから、大林太良さんいわく、「日本の古典神話体系の中軸をなしているのは、朝鮮半島を経由して入ったと思われる王権神話。個々の神話は、まさに地上の正当な支配者としての天皇家を基礎づける神話を核として集結し、体系化された。しかも、このような王権神話を受け止め、かつ日本神話に特徴的な性格を与えたのは、恐らく南方系の無為中心の構造であったと考えられる。」





  • 先週の金曜日(平成21年11月20日)に開催された労働政策審議会雇用均等分科会の資料が公表され、今回の改正育児・介護休業法のメインとなる短時間勤務制度の措置の義務化や所定外労働の免除の制度化などの第3次施行の施行日が平成22年6月30日になる予定であることが明らかになりました。なお、短時間勤務制度、所定外労働免除、介護休暇制度創設の従業員100人以下企業における施行期日は平成24年6月30日が予定されています。


2009年11月25日 (水)

JustBlog 11/25/2009

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    • 会議の目的の第一は方針決定だ。
      出席者が持っていた懸案事項が、会議が終わったらすべて消えているのでなければ
      会議を開く意味はない。
      目的の第二は意思疎通だ。
      社長の考えを十分に説明して徹底すること、異論を取り上げて議論すること、
      そして会議の終りには参加者全員が今後の戦略戦術に関して
      共通の理解を持っていなければ意味がない。
      種子島 経 

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links for 2009-11-24

  • 手法は以下の通り。

    消費税法では、売上の95%以上が課税対象の場合、仕入にかかった消費税の還付を受けることができます(仕入税額控除)。
    賃貸住宅の場合、家賃は非課税ですが、自販機収入は課税対象となります。
    ここで、賃貸マンションを建設し、家賃収入が無い段階で、自販機を設置して自販機から課税収入を得ておき、ここで申告をすると、なんと建築費にかかった消費税の還付を受けることが出来るという仕組み。これはデカイ! ということで、この仕組みを利用した賃貸住宅事業者が増えたのだろうと思います(2009/10/4の日経新聞によると、この仕組みを使った年間消費税還付額が8億円に上ったようです)。
    家賃収入が入り、非課税売上の割合が大きくなると、当初の過大な還付金は減額調整され、返納を迫られるが、減額調整がある3年目を見計らって経営者が「免税事業者」に衣替えし、返納を逃れるという節税法もあります。

    今回の税制調査会では、「こうしたケースでも減額調整できるよう制度を改める考え」(日経より)のようですので、仕入税額控除自体はそのままかもしれません。
    会計検査院が財務省に改善を求めたらしい。。。





  • 国税庁調べによると、民間事業所に昨年1月から12月まで1年を通じて続けて勤務した給与所得者は4587万人。そして1人当たりの平均年間給与は、経済情勢の悪化を受けて前年に比べ1.7%減少した。この減少率はデータの得られる1950年以降では最大。水準としては90年ごろと同じで、ピークの97年からは1割近く低下したことになる。

     年間給与額の分布を見ると、300万円以下の層が1820万人で全体の4割を占める。中でも200万円以下の層の増加が著しく、この10年間、景気動向にかかわらずほぼ一貫して増え続け、小幅増で推移する給与所得者総数に占めるウエートも上昇。2008年は23.3%となり、男性でも10%を超えた。

     これらは、いわゆる非正規や短時間勤務の人、あるいは増加傾向にある高齢就業者を含む数字であるが、従業上の区分や年齢はどうあれ、多くの人はそこで得た給与を定期的な収入源として生活している。また、自ら望んで非正規という雇用形態を選択した人が少数派であり、しかも非正規から正規への転換が容易でないことは否めない。





  • coziphore@blogにアップされた,珠玉のひと言.

    あと、こういう活動はとかく「方向性をそろえる」「協調する」ということ
    を求めてしまいがちです。
    極端に言えば「科学者のくせに仕分けに賛成するとは何事」というような空
    気でしょうか。
    これはもちろんいけません。

    こういうのは
    「意見を集める」活動ではあっても「意見をまとめる」活動になってしまっ
    てはいけないのでは、と思ってしまいます。

    「○○を廃止すべきではないと思う人は~~人いる」という事実を元に、
    「だから、○○を廃止すべきではない」と主張するプロセスでしょうから、
    「~~人」にあたるデータをねつ造してはいけない。

    これはとくに科学者がこういうことをやるときには、普通の人以上に気を遣
    わなくてはいけないと思います。





  • 麻薬使用や所持に対しては、国際条約があり、批准している国は処罰しないといけないらしい。しかし徐々におとがめなしという状況になりつつあるようだ。大きな原因としてお金の問題がある。財政悪化もあり麻薬所持程度の犯罪で刑務所や警察のリソースを浪費するのはもったいないと考えるようになってきたようだ。また米国でオバマ政権が誕生し、麻薬に対する考え方が変わりつつあることも他国の政策に大きな影響を与えている。メキシコでは麻薬所持や使用は犯罪ではなくなった。同じ政策をブッシュ政権のことに実現しようとしたらしいが、そのときには米国からの圧力で頓挫を余儀なくされたという経緯がある




  • 参考:
    a) 人間にとって一番大事なものは何か?

    日本だと武士の時代は、「腹」。切腹、腹が据わっている、腹を割った話など、精神が腹にあると考えていたから。現代だと・・・「頭」かも。勝ち組=お金=頭なので。歴史を動かした偉人が多いユダヤ人はどうか。

    * 預言者 モーゼ: 「頭」、理性は頭にあるから
    * イエス・キリスト: 「ハート」、愛はハートにあるから(キリスト教の本質は、無条件な愛「汝の敵を愛せ」)
    * マルクス主義を唱えた カール・マルクス: 「腹」、食欲で代表される欲望が大事だから
    * 心理学者 フロイト: 「生殖器」、人間は深層心理によって動かされており、深層心理には性欲があるから
    * アインシュタイン: いや全ては「相対性」なのだ

    b) いと高き者の子守歌

    * 大きなことを成し遂げるために、力を与えて欲しいと神に求めたのに、謙虚さを学ぶようにと弱さを授かった
    * 偉大なことができるように健康を求めたのに、よりよきことができるようにと病気をたまわった
    * 幸せになろうとして富を求めたが、賢明であるようにと貧困を授かった
    * 世の人々の賞賛を得ようとして成功を求めたのに、得意にならないようにと失敗を授かった
    * 人生を楽しもうとたくさんのものを求めたのに、むしろ人生をあじわうようにとシンプルな生活を与えられた
    * 求めたものはひとつとして与えられなかったが、願いはすべて聞き届けられていた
    * 私はあらゆるなかで最も豊かに祝福されていたのだ





  • デモには、就職先が決まっていない北大の4年生や大学院生ら約20人が参加。「面接多すぎ」や「既卒を差別するな」と書かれたプラカードを持って、「生きるための仕事をよこせ」などと叫びながら、約1時間練り歩いた。

     馬のマスクをかぶった学生が「内定」と書かれたニンジンを追いかけるなど、就職活動の現状をちゃかすパフォーマンスも。

     デモを呼びかけた北大文学部4年の男子学生(21)は「大学は就職のための予備校ではない。厳しい就活の現状を分かってほしい」と話した。





  • 現代は地域共同体と会社という二つの世間の安定が壊れた。「世間と神は弱い個人を支える役割を果たしていた」という。だから、よりどころを失った日本人は、なお安心できる何かを求めている。テレビの仕事をしている鴻上尚史は、いまのお笑いブームに「共同体の匂い」への指向を読み取っている。

    「お笑い番組が隆盛なのは、「笑って嫌なことを忘れたい」という理由が一番でしょうが、同時に、「他人と同じものを笑うことができる」という「共同体の匂い」に惹かれているからだと思います。 私は孤独じゃない。私たちはバラバラじゃない。なぜなら、同じものを見て、一緒に笑える人たちがいる。同じものを見て、腹から笑える人たちの中に自分がいる。それは「共同体の匂い」です。そして「共同体の匂い」を呼吸することは、人を安心させるのです。」

    著者が言うように、インターネットの一番の肯定面は、自分で「共同体」を選べること、複数の共同体にゆるやかに所属すること。そこに著者は可能性を見る。「空気嫁」というジャーゴンがあるように、ネットのコミュニティにも濃密な空気があるが、複数のコミュニティに出入りができるなら縛られないという考え方もできる。

    ただ、昔のコミュニティというのはひとつしか属せなかったはずだ。そうした閉鎖的な空気と、ネットのゆるい空気はまた別物かもしれないとも思う。空気というフレーム自体が進化するフェイズを迎えている気もする。いや人間はそう簡単には変わらない?。情報アーキテクチャーと同時に考えるべき重要なテーマだと思う。

    空気と世間という伝統的な視点を、同時代の文脈で見事に読み替えていて、大変に面白く読む価値のある本だった。





  • しかるに、日本社会における「バカ排除システム」はどのように構造化されているかについては、寡聞にしてこれを主題的に考究した人のあることを知らない。
    もちろん、日本にも「バカ排除システム」は存在する(存在しなければとうの昔に地表から日本国は消えているであろう)。
    それはどのようなものか。
    それは「秀才を権力中枢に集中させる」という手法である。
    つねづね申し上げているように、制度の健全はそれを構成する要素の多様性に担保されている。形態、組成、特性、機能を異にする人間的要素が絡み合って混在する社会システムがいちばん負荷にたいする耐性が強い。
    均質性の高い個体が集中した部位からシステムは崩壊する。
    それを「隙」と言う。
    武道では「足が揃った状態」を「隙」と言う。
    足が揃った状態にいると動線の選択肢が最小になるからである。
    「隙がない」というのは、べつにがちがちにガードを固めているということではなくて、「次にどういう動線を選択するか予測できない」ということである。
    だから、「次にどういう動線を選択するか予測が可能である」状態を「隙がある」と言うのである。
    言い換えると、システムが局所的につよく均質化すると、それがシステム全体の「隙」になり、そこからシステム・クラッシュが始まるということである。


2009年11月24日 (火)

JustBlog 11/24/2009


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2009年11月23日 (月)

JustBlog 11/23/2009


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  • 現在に近づくほど、これまた私見だが、ベストセラーとして並ぶ本の惨状は目をおおわんばかりに思えてくるけれど、これも何年ぐらいまでなら耐えられるかを、お互いに尋ねてみるといい。他には、芥川賞受賞作品リストなどでも、おなじ体験ができる。

     明治~大正期の書籍には国会図書館デジタル・ライブラリーで「現物」を見れるようにリンクした。
     最近の書籍についてはアマゾンのそれぞれの書籍へリンクした。

     見どころは、各書籍につけられたカスタマー・レビューや、それにもまして中古価格である。
     多くの元ベストセラーに最低価格1円がつけられているのは、ベストセラー故に大量に世の中にでまわり中古市場で供給過多なためだが(無論そうした状況も折り込んだ「市場の評価」と見なすことはできる)、ベストセラーの寿命を考える一助にはなる。



2009年11月21日 (土)

JustBlog 11/21/2009

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    • あなたが今ソニーにやらせてる自動車事故の示談代行って、本来は弁護士法72条の規定で弁護士にしか認められてない業務なんだけど、日弁連と損保協会との間で昭和49年に以下の合意が交わされていて、現在の示談代行サービス付き自動車保険の発売に至ってるって訳。

      ①被害者の保険会社への直接請求を認め、保険会社自身の法律事務として示談代行を認める。 ②被害者との折衝は保険会社正規常勤職員に限定しその資質の向上を図る。

      つまり、今回の事故の賠償についてあなたに始めから保険を使う意志がなくて自腹を切るつもりだとすると、被害者である相手方はこの事故とは直接関係がないソニーと交渉する必然性がなくなる訳だから、本来あなたが直接相手と交渉するか弁護士を立てるべきであってソニーがあなたのために示談する必要性はないわけですよ。

      とすると、今あなたがソニーにやらせてる示談交渉はソニーからすれば必要のない仕事で、単なるボランティアでやってくれてるということになる。

      そもそも保険使う前提でしかやらせることができない示談交渉をソニーにタダでやらせておきながら、少しでも自腹額を下げたい為にソニーの損害認定方法に難癖付けるのは「筋違い」ってことになりゃしないですかね? 保険会社も慈善事業がないんだから、文句があるなら自分で勝手にやってくれ、ということでしょ。

      はっきり言って、うちの保険会社ならとっくに放置プレーかましてるはずだよ、だって本来やる必要がない示談だもの、こんなことブログで書かれてまでお世話する義理ないでしょ。

      あとさ、不当な見積り出してるの、ソニーじゃなくて相手方なんでしょ。文句言う先が違うんじゃないの? それにあなたがぶつけた本人でしょ、それ棚に上げて被害者面してるのが読んでてムカつくんだよね。

      自動車保険を元損保社員が比較ブログ:「ソニー損保は使えない」ブログの感想 - livedoor Blog(ブログ)
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  • ■いまだに多い白黒テレビ  液晶とかそういう問題じゃないんだね。最近の調査では、英国に住む人の内、3万人はまだ白黒のテレビを観ていることが明らかになったそうです。これらの人々は今でもX-Factorなどの人気番組もモノクロ画面で視聴しているのです。  この3万人という数字は、テレビの契約数調査などを取りまとめたものから出てきた数字です。ちなみにイギリスのテレビ局BBCやITVでは約40年前からカラー放送を開始しており、それ以降も多くの人がテレビを買い換えずに白黒で観続けてきた、ということが言えそうです。ちなみにイギリスで主流のビリヤードはスヌーカーといい、数字ではなく色で塗り分けられたボールを使用するのですが、記事元ではこれらの白黒テレビを観る人はスヌーカーのファンじゃないのでしょうと言っています。

    ■イギリスのテレビ・ライセンス制度
     さて、イギリスでは一家に付き一件、テレビの視聴契約をしてお金を支払わなければならないそうです。これをテレビ・ライセンスというのですね。カラーテレビだと年間139.5ポンド(約2万円)。NHKよりも高いです。ただし、白黒テレビだとこの半額以下になるらしいので、白黒テレビのライセンス料を支払っておきながらカラーテレビを見ている人も3割近くいるのではないかと言われているそうです。それを差し引いたとしても2万人以上の人が実際に白黒テレビを使っている計算になりますね。イギリスってすごいなー。最新映画を観ててもなんか昔の名作みたいに見えてしまうんだろうか。
     ちなみに日本では昭和59年以降、白黒テレビを使っている人の数字は統計調査には出てきません。ほとんどいないと見ていいと思うんですけど、ひょっとしてまだ使ってる方なんていらっしゃいます?





  • 8. 偉大な従業員は偉大なリーダーの下に集う

    従業員は仕事を辞めるのではなく、リーダーに対して辞める。





  • 大企業病へのターニングポイントは、成功を収め業界で優位な地位を一定期間維持した企業が、攻めから守りへ舵を切り、変革をないがしろにし始めた頃。大企業病とは、それ以降の様々な宿命的弊害-企業の末期症状や老化現象の総称。あるいは、経営陣、社員、組織が、大企業病を生む社風の中で複雑に絡み合い、「危機意識の低下・うぬぼれ」、「保身・閉鎖性」、「無責任構造」という3つの潤滑油が、患者を衰退へと円滑に進める巧妙なトリック。

    倒産・買収←不祥事発覚・業績悪化←悪い情報が伝わらない・変化に対応できない←組織複雑化・セクショナリズム←攻めから守り&競争から協調体制へ・視線が顧客から上司へ←うぬぼれ・危機意識の低下←安定期←成功・既得権益で保護





  • たとえば年俸600万でA君を採用したとしよう。それなりに試験をして応募者から選別して決定した人材だ。
     で、僕の生産性を100とする。

     それでも、プログラマとしての基本的なスキル、相場自体の知識、仕事自体へのモチベーション、仕事の割り振りをするコスト、等を勘案すると、3か月程度のトレーニングを経た後でも、僕+A君の総戦力はかなりうまくいったとしても130くらいに上がるだけだ。
     すると30の戦力に年600万のコストというのが高いのか安いのかが問題になってくる。この相場だと、僕の戦力100が年2000万になっているかどうかが損益分岐点だ。
     いちおう計算上はこれはクリアしてる(そうでなければ採用活動に踏み出していない)けど、本当に130になるかどうか、戦力のアップに伴って本当に売上も増やせるのか、今後収入が減ったらどうしようか、とか考え出すと不安でしょうがない。
     人を雇って給料を出すとなると、既婚者ならその人の妻子の生活まで面倒を見ていることになるのでどうしても緊張する。

     もしこれで戦力が110とかにしかならなかったらさすがにキレるぜ。「なんで1週間かけてこんなクソなコードしか書けないんだ!」と壁を蹴っている可能性大。こうやってイライラすれば簡単に総戦力は100以下になってしまう。

     すでに20人いる会社が21人目を採用する、とか、もともと資本がVCとかで「所詮は他人の金さ」とある程度割り切れる状況ならもう少し気軽に構えられるのだけど、これまで自分で稼いできたものを原資に人を雇うって心理的に本当に大変だ。





  • ところで、そういう連中をなんとかまとめていくプロセスを見ていて気づいたのだが、
    こういう展開は実は東西問わず映画の王道なのではないか。
    古くは『特攻大作戦』、『地獄の7人』なんかがそうで、はぐれものを集めて、
    でもはぐれものだけにすんなり行くわけなくて、それでも一致団結してプロジェクト
    を進めていくという流れが共通している。
    プロジェクトの舞台がアメリカの場合は戦争で、日本だと残業というわけだ。

    「なんでそんなに残業するんだ、きついなら転職すればいいだろう」
    と健全な人権意識と労働市場を持つ自由主義国の人間なら思う
    だろうが、労働市場が硬直し、市場というより身分制に近い日本
    ではそうはいかない。
    身分制だから、一度落ちてしまった人間は、努力してもなかなか挽回できない。
    他に行く場所があったとしても、やはり同じ身分の同じ待遇である。

    僕がこの映画で感心したのは、ちゃんと、その「どこにも逃げ場所が無い感」
    を描いていること。主人公は元ひきこもりで、ここ以外に採ってもらえないと
    分かっているし、リーダーでさえ、「IT業界というのはゼネコンみたいなピラミッド
    社会で、うちみたいな零細下請けは汚れ役」だという事実を理解している。





  • 《企業には多くの種類の労働があり、その種類ごとに職務(仕事)に対応する形で労働者を採用し、その定められた労働に従事させるのが日本以外の社会のやり方である。

    これに対し、日本型雇用システムでは、その企業の労働を職務ごとではなく、一括して雇用契約する。労働者は企業の中のすべての労働に従事する義務があるし、使用者はそれを要求する権利を持つ。

    ・実際に労働者が従事するのは個別の職務である。しかし、それは雇用契約で特定されているわけではない。ある時どの職務に従事するかは、基本的には使用者の命令で決まる。雇用契約それ自体の中には具体的な職務は定められていない。このような日本型雇用の法的性格は、一定の地位設定契約あるいはメンバーシップ契約である。日本型雇用システムおける雇用とは、職務ではなくメンバーシップなのである。》
    (濱口桂一郎著「新しい労働社会」岩波新書)

    そうとう前のことですが、電力会社に事務職で就職した女性卒業生が、「事務でも最初は電信柱に登らされた」と言ってました。まさしくこれですね。スウェーデン人の理解できないことは、「事務職で入社したのに、なぜ電信柱に登るのだ?」ということです。日本以外の国では、事務職ならずっと事務職、レジ係りならずっとレジ係りなんですね。この電力会社の例は多分研修の一環だと考えられますが、スウェーデンではあり得ないことなのでしょう!



2009年11月20日 (金)

JustBlog 11/20/2009

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    • 日本人に独特の伝統的発想「空気を読む」、「水を差す」とはどういうことか。近代日本社会の情況論理、状況倫理の徹底研究。山本七平、昭和52年初版の名著。負け戦を知りつつ戦艦大和を出撃させた軍部の「空気」は、現代社会、ネット社会でもいまだ根強く残っている。

      「われわれの社会は、常に、絶対的命題をもつ社会である。「忠君愛国」から「正直ものがバカを見ない世界であれ」に至るまで、常に何らかの命題を絶対化し、その命題を臨在感的に把握し、その”空気”で支配されてきた。そしてそれらの命題たとえば「正義は最後には勝つ」そうならない社会は悪いと、戦前も戦後も信じつづけてきた。そのため、これらの命題まで対立的命題として把握して相対化している世界というものが理解できない。そしてそういう世界は存在しないと信じ切っていた。だがそういう世界が現実に存在するのである。否、それが日本以外の大部分の世界なのである。」

      「・・・」

      「これは、日本における「会議」なるものの実態を探れば、小むずかしい説明の必要はないであろう。たとえば、ある会議であることが決定される。そして散会する。各人は三々五々、飲み屋などに行く。そこでいまの決定についての「議場の空気」がなくなって、「飲み屋の空気」になった状態での文字通りのフリートーキングがはじまる。そして「あの場の空気では、ああ言わざるを得なかったのだが、あの決定はちょっとネー……」といったことが「飲み会の空気」で言われることになり、そこで出る結論は全く別のものになる。」

      そして、日本で多数決をやるなら、会議で多数決をとったあと、同じメンバーで飲み屋で多数決をとって、2回の平均を答えとせよ、と結論している。飲みニケーションを大切にする日本組織的なボスの信頼感というのは、まさにそんな二重多数決を自然にやっていることにあったのだろう。

      日本人の血が、程度の差はあれど、多くの読者に共感を生むだろう。面白い。阿部謹也の「世間」論と山本七平の「空気」論は、日本人の場を考える上で双璧をなす2大フレームワークだなあ、とつくづく思うのであった。


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links for 2009-11-19

  • Mrs.(ミセス)というのは「結婚している女性の尊称」と習うと思うのだが、アメリカではちょっと違って、ダンナさんの名前にMrs.をつけることで、「XXさんの奥様」というニュアンスとなる。しかも、夫の苗字のみならず、フルネームにMrs.をつけたりする。たとえば、John Smithという夫を持つCathy Smithという人は

    Mrs. John Smith

    というのが正式呼称。

    つまり、結婚した女性は、ダンナの名前でしか認識されない、というなかなかもって男尊女卑な呼び方なのであります。

    なので、女性が旧姓を名乗っている場合、その姓にMrs.をつけると変な感じになる。ところが、これはアメリカの外では違うみたいで、ヨーロッパなどでは「結婚した女性の尊称」という日本で習ったままの使い方でMrs.が通用しているように見受けられる。(違ってたら教えてください)。

    「・・・」

    ちなみに、夫婦を結婚式に招待する、てな時の古式ゆかしい宛名の書き方は

    Mr. and Mrs. John Smith

    となる。ここで、奥さんの名前がどこにも出て来ないことに注目。「John Smith様ご夫妻」となってしまうのですな。

    しかし、こちらのエチケットページにあるように、奥さんが旧姓をキープしている場合は、

    Mrs. Cathy Davis and Mr. John Smith

    という風に、奥さんの名前がフルネームで登場するのみならず、ダンナさんより奥さんを先に呼ぶことになる。

    「妻は夫の名前+ミセスでしか認識されない」という、おまけ状態だった時代から、ここまで女性の地位が進化したのか、、、と思うとなかなか興味深いのでありました。(ま、必ず先に呼ばれること自体、まだ地位が低い証拠である、と見ることもできるが)。

    というわけで、なんでもかんでも尊称をつければよい、というものではないので、どう呼べば良いかわからない時は相手に確認しましょう。

    ちなみに、ファーストネームにMrs. Mr.をつけると、小さい子供が大人を呼ぶような感じがするのでナシです。(Mr. JohnとかMrs. Cathyとかね)。





  • ◆ 「平成21年度予算特集」
    (財務省広報「ファイナンス」平成21年3月号・平成21年4月号)
    ◆ 日本の財政を考える(国の財政に関する基本データをまとめた資料)
    【PDF版はこちら】
    ◆ 我が国の財政事情についてPDF(平成21年度予算政府案に関連するデータについての資料集)
    ◆ 財政関係諸資料(種々の財政関連データについての資料集)




  • すごく簡単にいってしまうと、ある課題についての初心者は、簡単な問題についてはたくさん質問できるけど、難しい問題については質問があまりできない。一方で、ある課題についてよく知っている人は、簡単な問題については質問数が少ないけど、難しい問題についてはたくさん質問が出来るという仮説をたてました。まとめるとこんなかんじ。

    初心者の場合:簡単な問題→質問数 多い 難しい問題→質問数 少ない
    熟達者の場合:簡単な問題→質問数 少ない 難しい問題→質問数 多い

    結果はこれを支持するかたちで出てきました。

    この結果をみていると、要するに「質問すること」は「わかっているからできる」というところがあるわけですよね。

    そう考えてみると、授業の最後とかに「わからない人は質問して下さい」という問いはなんだか変ですよね。だって、質問は「わかっていないと出来ない」のですから。





  • 日本人に独特の伝統的発想「空気を読む」、「水を差す」とはどういうことか。近代日本社会の情況論理、状況倫理の徹底研究。山本七平、昭和52年初版の名著。負け戦を知りつつ戦艦大和を出撃させた軍部の「空気」は、現代社会、ネット社会でもいまだ根強く残っている。

    「われわれの社会は、常に、絶対的命題をもつ社会である。「忠君愛国」から「正直ものがバカを見ない世界であれ」に至るまで、常に何らかの命題を絶対化し、その命題を臨在感的に把握し、その"空気"で支配されてきた。そしてそれらの命題たとえば「正義は最後には勝つ」そうならない社会は悪いと、戦前も戦後も信じつづけてきた。そのため、これらの命題まで対立的命題として把握して相対化している世界というものが理解できない。そしてそういう世界は存在しないと信じ切っていた。だがそういう世界が現実に存在するのである。否、それが日本以外の大部分の世界なのである。」

    「・・・」

    「これは、日本における「会議」なるものの実態を探れば、小むずかしい説明の必要はないであろう。たとえば、ある会議であることが決定される。そして散会する。各人は三々五々、飲み屋などに行く。そこでいまの決定についての「議場の空気」がなくなって、「飲み屋の空気」になった状態での文字通りのフリートーキングがはじまる。そして「あの場の空気では、ああ言わざるを得なかったのだが、あの決定はちょっとネー......」といったことが「飲み会の空気」で言われることになり、そこで出る結論は全く別のものになる。」

    そして、日本で多数決をやるなら、会議で多数決をとったあと、同じメンバーで飲み屋で多数決をとって、2回の平均を答えとせよ、と結論している。飲みニケーションを大切にする日本組織的なボスの信頼感というのは、まさにそんな二重多数決を自然にやっていることにあったのだろう。

    日本人の血が、程度の差はあれど、多くの読者に共感を生むだろう。面白い。阿部謹也の「世間」論と山本七平の「空気」論は、日本人の場を考える上で双璧をなす2大フレームワークだなあ、とつくづく思うのであった。





  • ▼ 20世紀のはじめあたり、万国博みたいなところで展示されたアメリカ製の銃にヨーロッパ人は驚いたと言う。 二丁の銃を分解して部品を混ぜこぜにして、そこから組み立てることができたからだ。 ヨーロッパ製の銃は一丁一丁手作りで部品を摺り合わせて作っていたのに、アメリカ製は規格化された部品を高精度で生産していたからだ。

    というような話をだいぶ前に、 20世紀の産業の歴史みたいな番組の中で見た。 そのころ、私は アメリカ製品=低精度 みたいに思っていたので、ギャップに驚いた。 また、そうでなくとも当時の先進地域のヨーロッパより精度が高いというのも理解しがたく思っていた。

    いま、思い出してなぞが解けた。やはり高品質、高精度というのは先進国に追い付く直前の特徴なのだと思う。

    そして、いずれは「中国製は日本製より高品質」みたいになる時が来るのかも知れない。





  • 「鬼のようにページ参照入ってますけれど、こういうの大丈夫なんですか?」とか尋ねたら、「もっと大変なのも手でやってますから大丈夫です」なんて、なんだか大変そうだった。
    これからは雑な物づくりが大事なんだと思う

    「最上の日々」のこれからの日本は、雑な物づくりだろうか というエントリーを読んで、こういうのはたぶん、いろんな業界で、「品質」から「雑」に舵を切る時期に、今はさしかかってるんだろうなと思った。

    たとえば自分の原稿は、あらゆるものをフリーソフトで作っていて、原稿の改訂はリアルタイムだし、PDF もHTML もその場で作って公開できる。たしかに原稿のできあがりは「雑」だけれど、読むに耐えないほどひどいわけではないし、出版社の人に原稿を託したなら、もちろん「プロの仕事」が施されて、比較にならないぐらいに高品質なものが作られるのは分かるんだけれど、その「品質」に、はたして何百万円ものお金をかける意味というのは、どれぐらいあるものなんだろう。

    全てを手仕事で、ページの隅にまで気を配ったプロの原稿というのは、きれいな代わり、それは「紙」の形式でしか出版できない。参照ページは、「数字」として記載されるだろうから、判型が変われば全部やり直しだし、たとえばその原稿を電子化して、有償閲覧形式で配信しようにも、今度は参照ページだとか、索引を全部「リンク」に直さないといけないから、恐らくそれには膨大な手間とコストがかかって、実際問題、出版社で「電子書籍」に対応できるだけの体力を持ったところというのは、決して多くないんだという。

    プロの人たちは、高品質な「プロの仕事」しかできないが故に、「雑な仕事」ができないんだという。



2009年11月19日 (木)

links for 2009-11-18

  • Configuration Maniaは、無料のアドオンで、どのOSのFirefoxにも対応しています。Mac OS X では若干動作が不安定という話ですが、機能的には概ね大丈夫のようです。試してみて何か気付いた点などあれば、ぜひコメントにお願いします。
  • <コリン・パウエルの自戒>http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/pauerururu.htm

    1.何事も思っているほどは悪くない。朝になれば状況は良くなっている。
    2.まず怒れ、そしてその怒りを乗り越えよ。
    3.自分の地位とエゴを同化させてはならない。でないと、立場が悪くなったとき、自分も一緒に落ちていく。
    4.やればできる。
    5.選択には細心の注意を払え。それが現実になるかもしれない。
    6.良い決断をしたら、それをくじくような事実にも挫折してはならない。
    7.誰かのかわりに選択することはできない。誰かに自分の選択をさせるべきではない。
    8.小さいことを検証(チェック=点検)せよ。
    9.成果(手柄)を独り占めするな。
    10.常に冷静に、かつ親切であれ。
    11.ビジョン(将来の見通し。未来像)をもち、自分に対してより多くを求めよ。
    12.恐怖心にかられて悲観論者のいうことに耳を傾けるな。
    13.常に楽観的であれば、力は何倍にもなる。





  • 財務省の視点に基づき、仕分け対象事業の問題点を列挙、各担当省庁の主張に対する反論方法まで具体的に指南する内容。政治主導を掲げた事業仕分けが、財務省主導で進んでいる実態が明らかになった格好だ。
     事業仕分けは、予算圧縮に向けて国会議員や民間有識者ら仕分け人が、各省庁が要求した事業項目を外部の目を通じ、「財務省には無い視点」(枝野幸男ワーキンググループ統括)でチェックする仕組み。すべて公開で実施され、鳩山政権初の予算編成に当たって導入された。
     査定マニュアルは、事業仕分け前に「参考メモ」として仕分け人に配布され、事業ごとに「論点」を提示し、問題点などが個条書きされている。マニュアルに従えば、対象事業に詳しくない仕分け人でも、厳しく問題点を指摘できる仕組みだ。(2009/11/17-15:09)




  • 「誰かを尊敬する力」に恵まれている人ほど、師や友人にも恵まれやすく、円滑な対人関係にも恵まれやすく、“承認欲求”を必死にかき集めなくても心の充足感を維持しやすかろう。一方、自分以外を見下すことしか知らず、架空のキャラクターや本のなかの偉人ぐらいしか尊敬できないような境遇の人は、こうした恩恵には与りづらく、すべて、一人でどうにかしなければならない。

     

     日頃、勉強やコミュニケーションが捗ってないと感じる人は、自分自身の「誰かを尊敬する力」「他人に敬意を抱く力」を振り返ってみると、思わぬ発見があるかもしれない。もし、誰にも尊敬や敬意を抱けなくなっていたら、たぶんヤバい。





  • 香山 私が問題だなと思うのは、女性同士でも「男性に養われている方が上だ」というような価値観があること。例えば、結婚を控えた女性が「私、専業主婦になるんだ」と言ったら、周囲は「仕事ができなくなるなんて残念だね」とは言わずに、「羨ましい」と言うことが多いですよ。専業主婦になる人もその時点では、「あなたたち、かわいそうね。まだ働かなきゃならないなんて…」というような、ちょっとした優越感みたいなものがあるんじゃないでしょうか。

    白河 そうですね。それはやっぱり女性誌的な価値観なのではないでしょうか。女性誌にはかつて、「選ばれる」とか「愛される」という見出しがすごく躍った時期がありました。そういう価値観が、女性には浸透しているのだと思います。

     酒井順子さんの著書『負け犬の遠吠え』がブームになったことがありましたよね。あの本には、仕事をして自立していて、自分のお金で楽しく過ごしている女性のことが書かれてあります。“負け犬”というのは、高度なアイロニーとして自虐的に使った言葉なんですよね。でも、その本を読んだ専業主婦の知人が、「でも、自分のお金で高級なところに泊まったりとか、すごく高級なものを買ったりするのって、何かあんまりかっこよくないよね」みたいなことを言ったので、すごく驚きました(笑)。

    香山 そうですよ。

     だから女性同士では、例えば「自分のお金で買った、センスの良い高価な着物」よりも、「夫の母から『昔から伝わるうちの紋が入った着物だから着て』と言われて、譲られた着物」の方が格が上、みたいに思ってしまうんですよね。たとえ、後者がすごくセンスの悪い着物だったとしてもね。

    白河 その感じ、何だかよく分かります。

    --------------------------------------
    今回の提言

    ・結婚や出産は「コントロールできない他人」と向き合うこと。
    ・専業主婦はリスク。20代のうちに1人で生活を立てる経験をしておく。
    ・条件とトキメキが両立する「完璧な結婚」をしたつもりでも、やはり不満は生まれるものである。
    ・女性が稼いで得るものは「自分の努力の結果」だから評価されるべき。それなのに夫の親から贈られた品のような、「プライスレスな物」の方が、価値があると思われている。女性が働くことの尊厳を否定しないでほしい。



2009年11月18日 (水)

links for 2009-11-17

  • 多くのパック飲料は糖分が多い Many pre-packed drinks high in sugar: study November 16, 2009 http://www.news.gov.hk/en/category/healthandcommunity/091116/txt/091116en05001.htm

    消費者評議会と食品安全センターの合同調査の結果、多くのパック飲料の糖分含量は表示より多い。

    砂糖や甘味料の含量についての宣伝がある16製品を含む80検体について調査を行った。

    砂糖は入っていないという表示のあるインスタントコーヒーミックスは100gあたり5.3g又は飲料にした後で100 mLあたり0.74gの砂糖を含む。しかし新しい規制では100g又は100mLあたり0.5g以下でなければ「無糖」と表示してはならない。また「低糖」表示は100g又は100mLあたり5g以下でなければならないが、低糖表示のある10検体の糖含量は0.3-49gで、半分が規制違反であった。

    また多くの商品で糖分が多く、最も高濃度だったのは乳酸菌飲料の100gあたり16gであった。





  • 事業仕分け、延長保育は特別会計に厚労省反発(読売新聞) - Yahoo!ニュース

    なんとか事業自体は存続を認められましたが(つか民間保育園に出入りしている身としてはなぜここで民間保育への国庫負担が削減されるという話になるのか理解できません。民間保育園のお金のなさは半端ない),国庫負担が従来の半額から3分の1になりそうとのことで,基本自治体負担は国庫負担の比じゃなく削減の方向に向かうことを考えるとちょっと憂鬱。出産金と子ども手当てで好転したりするのかなあ。保育料上げてもいいのかなあ。そうはならないと思うんだよなあ。民間の保育士さんをもうちょっと楽にさせてあげてください。給料12万とかですよ。



2009年11月17日 (火)

links for 2009-11-16

  • 厚生労働省動画チャンネル
  • 文部科学省科学技術振興調整費で行われている事業、「戦略的研究拠点育成」というものがある。東京大学が環境関係の大プロジェクトIR3Sというものを実施していたが、このプロジェクトの叢書No.1として、「地球温暖化懐疑論批判」という冊子が発行された。

     この本で反論の対象となったのは、槌田敦、薬師院仁志、渡辺正、伊藤公紀、近藤邦明、池田清彦、矢沢潔、ロンボルグ、ダーキン(映像監督)、武田邦彦、伊藤・渡辺、山口光恒、丸山茂徳、武田・丸山、養老猛司、赤祖父俊一の各氏である。

     これに対し、懐疑論批判派として執筆に加わったのは、
    東北大学 明日香壽川
    気象研究所 吉村 純
    海洋研究開発機構 増田耕一
    海洋研究開発機構 川宮未知生
    国立環境研究所 江守正多
    国立環境研究所 野沢 徹
    国立環境研究所 高橋 潔
    海洋研究開発機構 伊勢武史
    国立極地研究所 川村健二
    東京大学 山本政一郎
    の各氏

     ざっと読んだ感想としては、これで科学的な論破はできているように思うが、一部に、感情的な反発に関する配慮がまだ不足気味なのではないか、と感じた。

     今回、ここで取り上げる理由は、2つ
    1.最新の気候変動に関するデータが得られるので、その再確認を行うこと。
    2.感情的反発に対してどう対処すべきか若干考える。

     ところで、この冊子であるが、現物の入手方法は不明であるが、もしもPDF版でよければ、
    http://www.ir3s.u-tokyo.ac.jp/sosho
    にアップされているので、自由にダウンロードが可能である。





  • 認可保育園は認可外保育園がもらうことのできない巨額の施設整備費を受け取っているため、園舎は立派で、園庭も大きい。それでいて、月謝の平均は約2万円と安い。これも補助金のおかげだ。

     たとえば東京都では、私立認可保育園で約30万円、公立では約50万円を、0歳児1人当たりの保育費用として毎月補助している。だから、月謝が安いのだ。

     一方、都心の認可外保育園の多くは、雑居ビルで運営され、0歳児の月謝は6万~7万円かかる。

     これだけ差があれば、認可保育園には黙っていても園児は集まる。そして、園児が集まれば、それだけ多くの補助金が入ってくる。

    「・・・」

    儲けの裏技もある。私立認可保育園の職員の給与の支払いにも補助金が投入されているが、その額は、およそ世間一般での“大卒で30歳程度”に設定されている。

     ところが、一部の私立認可保育園では、女性職員は30歳までに辞めるように仕向けつつ、なるべく若い職員を中心にして人件費を抑えている。実際の賃金と補助金との差額が、利得になるからだ。

     さらに、社会福祉法人の理事長は給与額を自分で決めることができる。こうして「合法的に私腹を肥やす」(認可保育園関係者)のだ。





  • 戦局眼というもの

    偉大な将軍に欠かせない資質だとか、「戦場にあって、一瞥にして有利、不利を見透かす偉大な才能」なんて説明されている「戦局眼」というものがあって、シミュレーションとはいえ、圧倒的な戦力差が想定されていた米国正規軍を圧倒してしまったライパー将軍の能力もまた、こうしたものなんだろうけれど、「戦局眼」というものはたぶん、「自分にできることとできないこととを正確に把握した上で、行動決定に必要なもの「だけ」を見る」ことができる目線なのだと思う。

    「眼」なんて言葉が付いているから、戦局眼はなんだか、レーダーとか千里眼みたいな能力みたいに思えるけれど、戦局眼を備えた人の目線というのは、たぶん半分以上が、自分自身に向けられている。

    自身と味方とに向けられた目線、自分たちにできることと、できないこととがきちんと把握できていなければ、行動を決断するのに、そもそも何を見ていいのか分からない。分からないなら、どれだけたくさんの情報を集めても、その人は、それを行動に転化できない。 「戦局眼を持った人」というのは、たぶん自身を把握する能力に長けていて、莫大な情報を前に、むしろ視界を限定することで、代わりに意志決定の速度を得ているのだろうと思う。

    どれだけ莫大な戦力、莫大な情報能力を持っていたところで、意志決定ができないのなら、死体に等しい。





  • アイデアを思いつくときの"神"が舞い降りてくる感覚を合理的に説明している。そしてそのエウレカ!な瞬間はどういう場所に訪れるのか?、ポランニーはこう答える。

    「(1)発見を触発して導く場は、より安定した構造の場ではなく、「問題の場」である。(2)発見が起こるのは、自然発生的ではなく、ある隠れた潜在的可能性を現実化しようと「努力」するからである。(3)発見を触発する、原因のない行為は、たいてい、そうした潜在的可能性を発見しようとする「想像上の衝迫」である。」

    形式知は暗黙知という巨大氷山の一角であり、たとえ自分の知識を書き出せる限り全部文字に書き出しても、なお知の本質的な大部分は隠れている。インターネット上に現れる知は膨大だがすべて形式知である。水面下にあるInvisibleな膨大な知をどう引き出すかが次の知の構造化の課題だ。「想像上の衝迫」はたぶん、活発なコミュニティの中にあるように思う。





  • 論争というのは、どこかで相手に向かって「黙れ」という言葉を口にすることになる。
    それは民主主義社会においては禁句だろうと私は思う。
    私たちは誰もが「言いたいこと」を公開の場で示し、自分の意見に同意してくれる人の数を増やす権利がある。
    だが、他人が私見を発表することを禁じる権利はない。
    自分の意見の信頼性を高めるために語ることと、他人の意見の信頼性を貶めるために語ることは、似ているようだけれど、違う。

    前者は「読み手」の知性を信頼しており、十分な論拠を示し、適切な推論をすれば「たいていの人は私と同じ結論に到る」と思っている。
    後者は「読み手」の知性を信頼しておらず、放っておくとたいていの人は「自分の意見とは違う、誤った結論」に到ると思っている。

    だから大声で、金切り声をあげて、他の人が話している声が聞こえないように、言論の場を占拠しようとする。
    その違いは外形的なものにはとどまらない。
    論争を「愚者を教化する機会」だと思っている人間は、スターリン主義のソ連や金正日の北朝鮮に生まれていれば、強制収容所や政治犯の粛清に喜んで同意するタイプの人間である。
    私は「そういう人間」を直感的に見分けることが出来る。
    強制収容所の「囚人になる人間」と「看守になる人間」は、そのような制度が存在しない社会においてもはっきりと識別できる。

    論争を好むのは「看守」たちである。
    だから、私は彼らとはかかわりあいを持たないことにしているのである。



2009年11月16日 (月)

links for 2009-11-15

  • 大ざっぱに言って、プレゼンには二種類あるように思う。ひとつは、演説(しゃべり)が前提としてあって、その補足としてスライドを作っている形式。文字が少なく、絵が多いスライドができあがることが多く、みんなが「素晴らしいプレゼン」と思うのはこちら。ジョブズプレゼンとかもそうなのかもしれない。もう一つは、資料が先にあって、それを説明するためにしゃべるというプレゼン。極端に言うと、資料を読み上げるだけ。企業で一般に見られるプレゼンは、こちらで、あまり人気はない。

    この二種類はただし優劣で決まるものではない。これは、決裁権者が目の前にいるかどうかの違い。決裁をする人が目の前にいるなら、その人を説得しさえすればいいので、伝えたいことがその場でもっともエモーショナルに伝わればよい。したがって、演説メイン、スライドはおまけ。しかし、多くの企業では、担当者がプレゼンを聞き、持ち帰って上申するので、その場で担当者だけ納得しても仕方がなく、上申したり、持ち帰って部長なりに説明をしなければいけない。このとき、資料は詳細である方がよい(話者によって内容がぶれることは好ましくない)。プレゼンスタイルというのは決裁スタイルの裏返しなので、その場に適したやり方で考えるのがよさそう。











2009年11月15日 (日)

JustBlog 11/15/2009

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    • 芸能人はなぜ在日であることを隠すの?

      在日韓国人・朝鮮人の芸能人
      ジョニー大倉(李雲煥) 
      つかこうへい(金峰雄)
      マッハ文朱(李文朱)
      安田成美(鄭成美)
      岡本夏生(李夏生)
      岩城滉一(李光一) 
      宮下順子(金英姫)
      在日有名人の日本名
      新井将敬(朴景在)
      西城秀樹(李龍雄) 
      大山倍達(尹泰植)
      沢田研二(李研二)
      都はるみ(李春美)
      立原正秋(金胤奎) 
      力道山(金信洛)
      和田アキ子(金現子)

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links for 2009-11-14

2009年11月14日 (土)

JustBlog 11/14/2009

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    • 昨今、時代の変化が早いため、法律の改正や新法の成立が従来に比べて各段に多くなっています。

      その都度、5000円~1万円もする書籍を買い換えていたのでは、コストがかかって仕方がありません。

      実は、私自身、1ページも読まないうちに新版が出て、お蔵入りした書籍がたくさんありました。

      かといって、「自由と正義」や各弁護士会の会報は五月雨式過ぎて検索が困難です。

      そこでお勧めしたいのが、雑誌「プレジデント」の法律特集号を揃えておくことです。
      (直近のものは「PRESIDENT (プレジデント) 2009年 8/3号「法律の新知識Q&A」で、アマゾンなら手に入ります)。

      ある程度期間をおいて定期的に発行されるので、「法律特集号」だけをまとめて書架に入れてもかさばりませんし、「Q&A」形式なので調べたい問題が具体的に理解できます。

      2年分くらいを目処に整理していけば、最新の法律「Q&A」が常に手元に置けることになりますし、何といっても値段が各段に安くて済みます。


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links for 2009-11-13

  • ※ 事業仕分け2日目、こども未来財団311億円返納 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091112-00000592-yom-pol *事業仕分け:6000億円を国庫返納要求 急先鋒の民間人 http://mainichi.jp/select/today/news/20091113k0000m010101000c.html

    10億の予算で、5億円をNPOに配分するのに5億経費が掛かるとか、天下った高級官僚の報酬を読み上げさせてみたり、これは良い人民裁判!(^_^;)。
     毎週二日くらいこれやったら民主党は支持率を半永久的にキープできるんじゃなかろうか。ここで扱う事業の数って、全体のほんの数%なんでしょう。吊し上げのネタは無限にある。
     これ、予算的に削れるものは知れているわけですが、主目的は、天下り先の行財政改革ですから。

     この効果が絶大だなと思うのは、これまでは、そこに無駄があると解っていても、テレビや週刊誌が取材を申し入れても門前払いが当たり前にあったわけじゃなですか。一方で、国民の知る権利に答えないくせに、税金はダダ漏れして、ろくでもない事業のために天下りした役人が1600万とかの年間報酬と退職金をかすめ取って渡って行く。
     こういうやり方は茶番劇であり人民裁判には違いないけれど、奴らの悪行をお白州の場に引きずり出して告発するには、ここまで過激な手法を採るしか無かった、ということですよね。だって、あの田中康夫ですらが、この手法はどうよ、というほどの人民裁判ですから。言ってみれば、ヨーゼフ・ゲッベルスが「いや俺でもこんな阿漕なパブリシティはようやらん」というレベルの話。

     ただこれも法的根拠があるわけじゃないですから、省庁がバックヤードで財務省に復活折衝することは出来るんですよね。





  • 658 名前:なごみ :2006/10/25(水) 19:22:57 ID:IOCS4uIg
    本日バスの中でなごみ。
    高校生か、まあ二十歳そこそこくらいのあんちゃんが
    前の座席に座ってた。
    なんかケーキ屋のおっきな箱やちまちました紙袋をいくつか持っている。
    そこに彼の友人らしき男の子が乗ってきた。

    「何お前その荷物」
    「ケーキと…だいふくと…くりまんじゅうと…(以下いろいろ)」
    「お前甘いのきらいじゃん!あっ彼女?」
    「おかんだよ!何好きかわかんねんだもんしょうがないだろ!」
    照れて逆切れするあんちゃん。

    どうやら、今日が初めてのお給料日だったらしい。
    しかしケーキ和菓子あわせて十数個はありそうだったぞ。
    おかん幸せ太りしそうだな。





  • 奇跡のリンゴの著者、木村秋則さんが出した続編、「リンゴが教えてくれたこと」日経プレミアシリーズ、を読んでいるが、木村さんは、ここで「観察」することの重要性を繰り返して述べている。

    土の中の温度がどうなっているとか、田に引いた水の温度が低すぎないかとか、虫の発生状況がどうかとか、雑草の伸び具合はどうか、とか、自然を観察することが、すべての始まりであるという。

    ちなみに、田に引いた水の温度が低いと、「かも」が飛来してきて水遊びをし、稲を倒してしまうのだそうだ。温度が高いと、「かも」は畝からそっと田に入るそうだ。これは、もともと「かも」が北国の鳥で、低い温度の水がすきだからだそうだ。

    このように、観察することで、様々なことがわかり、対応も適切にできる。このことは、知財の分野も全く同じである。知財視点で世の中をじっと、継続的に観察していることが、その創出、保護、利用のいずれの場面においても、とても重要である。

    どうい





  • のっぽさん続編「子ども目線って言葉が大嫌いです」「子どもは、まともにかかわってくれる大人とは友達でいられるんです」「子どもだましは好きじゃない。私の趣味やセンスを、真正面から伝えようと思ってやってきました」。人と接するときに心したい殊勲のことばの数々。




  • 悪い習慣を克服したいなら、それをもっていない人のもとへいく: 煙草を吸うのをやめたいのに、いつも会う友人が吸っているのでは、なかなか自分だけの意志で習慣を断ち切ることはできません。一時的にでも、煙草を吸わない人と近づき、食事などにいっても「吸わないよね?」という視線のなかに自らを置くことで、そうした期待にポジティブに応じたいというホーソン効果を引き出して煙草を吸うことから離れられることがあります。

    成功を追い求める人のもとへいく:なりたい自分の理想像が近くにいるなら幸いです。こうした人を遠巻きに見つめるのではなくて、あえて近づいてゆくことによって、こうした人の自分を見る「視線」に答えたいという気持ちが生じてモチベーションを高めることができます。

    ホーソン効果の逸話と研究的な妥当性についてはまだまだ考慮すべき点も多いみたいですが、それでも簡単に自分の本来の性格を一定の傾向に曲げるの利用できる方法のように思えます。

    「あなたはだれに見られているのか?」自分を、自分の望む方向に変えるための友人や同僚の視線を意識して、その視線のなかに自らを置くことで変化を起こしやすくすることができるというわけです。





  • 手を差し伸べることで、支援者の権力が強まり、相手の立場をさらに低いものにしてしまうような支援は有益ではない。不均衡な立場では本当のニーズが打ち明けられず、支援内容が不適切なものになりがちだ。有難迷惑なお節介の発生原因である。

    支援者の役割は3つあると著者は話す。

    1 情報やサービスを提供する専門家
    2 さらに突っ込んだ診断と処方まで行う医師
    3 クライアントとの関係を最適化するプロセスコンサルタント

    である。そして、3を上手にこなすには、双方の本当のニーズを明らかにするための問いかけが大切だという。純粋な問いかけ、診断的な問いかけ、対決的な問いかけ、プロセス指向型の問いかけの4つがある。これらのツールを使って関係性を壊さずに社会経済をバランスさせることが支援学の秘訣なのだ。





  • 民主党に政権交代したことで、ようやく、年間12億円もあるとされる内閣官房機密費=内閣官房報償費の使途が明らかになると思っていた。

    ところが、ところがである。
    民主党は、使途を公開しないと決めたという。

    だったらなぜ、民主党は、過去、公開を求めてきたのか?すべては財政の透明化、民主化のためではなかったのか?

    確かに、政治である以上、使途を公にできない、あるいはすべきでない出費もあるかもしれない。

    しかしそのことが、直ちに、
    それが年間12億円もあることの根拠となるのか?

    年間、いくら使っていくら余るのか?
    毎年の報告は?
    すべての使途を明らかににしない理由は何なのか?

    機密費は、選挙対策など、政権の維持のために利用されているのではないかという、疑いが根強くある。
    使途の可能な限りの透明性はぜひとも必要である。





  • 「かつてはそうでしたが、いまは配偶者特別控除という制度で、103万円を超えても141万円までは税負担の逆転は起こりません」(ファイナンシャルプランナー)

     たとえば、妻のパート収入が124万円のケースでは、妻の課税所得は21万円で所得税は1万500円。一方、夫の所得に38万円の配偶者控除はなくなるが、配偶者特別控除が21万円あるので、仮に所得税率が15%ならば増える税金は2万5500円である。妻の収入が「103万円の壁」を21万円超えても、世帯所得税額の増税は3万6000円で、かえって手取り額が減ってしまうということはない。

    「ただ、これに若干の住民税が上乗せになります。また、健康保険、厚生年金も奥さんの年収が約130万円を超えると、夫の扶養から外れますが、これは奥さんの勤務時間が常勤の4分の3以上の場合で、パートではほとんどないと考えていいでしょう。これらを入れても、負担増が収入増を上回ることはありません」(ファイナンシャルプランナー)

     今冬のボーナスは過去最悪。女房にドンドン働いてもらわなければならない。 ただし、会社によっては家族手当等の支給要件を配偶者の収入103万円以内で設定しているケースがある(結構多い)ので、そちらも要チェック。



2009年11月13日 (金)

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  • 昨今、時代の変化が早いため、法律の改正や新法の成立が従来に比べて各段に多くなっています。

    その都度、5000円~1万円もする書籍を買い換えていたのでは、コストがかかって仕方がありません。

    実は、私自身、1ページも読まないうちに新版が出て、お蔵入りした書籍がたくさんありました。

    かといって、「自由と正義」や各弁護士会の会報は五月雨式過ぎて検索が困難です。

    そこでお勧めしたいのが、雑誌「プレジデント」の法律特集号を揃えておくことです。
    (直近のものは「PRESIDENT (プレジデント) 2009年 8/3号「法律の新知識Q&A」で、アマゾンなら手に入ります)。

    ある程度期間をおいて定期的に発行されるので、「法律特集号」だけをまとめて書架に入れてもかさばりませんし、「Q&A」形式なので調べたい問題が具体的に理解できます。

    2年分くらいを目処に整理していけば、最新の法律「Q&A」が常に手元に置けることになりますし、何といっても値段が各段に安くて済みます。













  • 全日遊連では、業界健全化のための自主規制として、ホール敷地内でのサラ金業者の営業やATMの設置を禁止することを内規で定めており、提案にたいしては強い懸念も出されたといいます。

     結局、客の「のめりこみ」防止策として、1人1日3万円を上限とし、現金の借り入れ機能もつけないこととしたうえ、07年10月から東京と神奈川の10店舗で試行してきました。

     トラスト社は本紙の取材に、1年間余の試行期間中に「クレームは1件もなく、問題なかった」としたうえ、「近く150ホールまで拡大する。実績や社会的なイメージなどを勘案したうえ、今後の事業展開を検討する」と答えています。

     しかし、業界関係者は「手持ちの金をすった客が、冷静になる間も無くパチンコ店内で預金を引き出し、深みにはまるのではないか」「客の1回あたりに使う金は平均でも1万円程度で、3万円も使えば明らかな『のめりこみ』だ」と、同システムを批判しています。

     このATMシステムには三菱東京UFJなどの三大メガバンクやゆうちょ銀行をはじめ、国内のほとんどの金融機関が接続しています。

     金融庁監督局は「ATMの設置場所について届け出などは必要ないが、銀行法上の『顧客の利便』に反するようなことがあれば注視していきたい」と話しています。





  • 国民年金については、これまで空白期間が1年以内で、他に未納期間がなく、同時期に配偶者が保険料をきちんと納付している場合などに限定して、社会保険事務所の窓口で記録を訂正できた。新たな基準案では、〈1〉空白期間が1年以内なら、未納期間があっても、納付したと認め、〈2〉1年超2年以内の場合でも、ほかに未納期間がなければ、配偶者が納付していたかどうかを問わないことにした。

     さらに、空白期間が2年超3年以内のケースについても、配偶者または同居の親族が納付していた場合は認める方向で検討する。

     一方、厚生年金には1985年改正で原則廃止されるまで、短期間加入して結婚退職する女性などを対象に、払った保険料を払い戻す「脱退手当金」の制度があった。だが、受給した記録が残っているのに、本人に記憶がないケースが多い。

     基準案では、結婚で姓が変わって3年以上たってから、旧姓による受給申請を受け付けているなどの場合には、会社が勝手に手続きをして横領した可能性もあるとして、年金額を訂正することが盛り込まれた。

     厚生年金の記録改ざん問題では、社保庁が「改ざんの疑いが強い」とする6万9000件の記録について、元従業員の訂正申し立てを証拠がなくても認める。





  • 試しに、「高すぎるプライド」というやつを、ちょっと違った視点から眺めてみる。

     

     上手くいってない人の「高すぎるプライド」というのは、「高すぎる要求水準」に言い換えて近似できる場合が多い。自分自身に対して「俺はこうでなければ気が済まない」「本来の俺はこうであるべきだ」と思っている人は、現実の自分よりも高くて厳しい水準を、自分自身に対して要求していると言える。もちろん、これが適度なギャップであれば、“向上心”にも繋がるわけで、ギャップがあることそのものがいけないわけではない。しかし、あまりにも大きなギャップのせいで心が折れてしまいやすいとすれば、少しぐらいハードルの高さを下げたほうが、様々なチャレンジに挑みやすかろう。

     

     また、「高すぎるプライド」が自分にではなく、他人に対して発揮される心境----「俺は評価されて当然」「周囲から特別なレスポンスがないと気が済まない」という心境----は、他人に対して「高すぎる要求水準」になってしまっているとも言える。いつの間にか、他人に対して求めるハードルを釣り上げ、そのハードルを越えてくれないから不満を募らせる、というのは、(自分自身に対しても、相手に対しても)精神衛生にあまり優しくない。

     

     「高すぎる要求水準」が、自分のほうを向いた場合であれ、他人のほうを向いた場合であれ、ギャップの大きなハードル超えは破綻を生じやすく、うまい具合の向上心にも繋がらない。けれども、こういう「高すぎる要求水準」というのは、意識して吊り上げるものではなく、知らず知らずのうちに上がってしまっているものだ。家族・友人・自分自身に対し、無意識のうちに法外な要求を突きつけてしまって、陥らなくても良かった筈の揉め事や自縄自縛を招いてしまったような経験は、誰だって一度や二度はあると思う。

     

     けれども、そういう我が身を振り返ってみれば、少しぐらいはハードルを下げることも出来るかもしれない。





  • 「子どものために必要とされる母親」より「母親の自己実現のために必要とされる子ども」

     

     一人の女性が、自己実現のために仕事も家事も結婚もすべて手に入れていく、それ自体は、そんなに悪いことではないと思うし、やりたい女性はガンガンやればいいと思う。では、出産や子育ても同じノリで考えて良いだろうか?自己実現のために出産し、自己実現のために子育てして良いものだろうか?

     

     子どもの立場に立って考えると、「母親の自己実現のために」育てられるというのはなんだかとても窮屈そうだ。なぜなら、母親の自己実現の基本方針に添った形で育てられることこそあれ、そこからの逸脱や離脱は殆ど認めて貰えなさそうだからだ。たぶん、非常に自由度の乏しい、「母親の自己実現に沿うような子どもとして」振る舞うよう期待されることになる。

     

     もちろん、どこの親でも「子どもには、こうであって欲しい」という願望はあるだろうし、そういう願望によって教育方針も左右されよう。けれども「子どもには、こうあって欲しい」の度合いが高すぎれば高すぎるほど、子どもが被る束縛はタイトなものにならざるを得ない。幼稚園の頃も、小学校に入学しても、思春期を迎えても、[母親が望む通りの子どもとして][母親の自己実現に寄与するような子どもとして]振る舞うよう期待されるのは、正直かなりしんどそうだ。





  • シンボルスカはポーランドの詩人、1996年にノーベル文学賞を受賞している。彼女一流のユーモアは、「憎しみ」という感情に人格を与えてしまっているところによく表れている。萌え風に言うなら、「ヘイトたん」だろうか。「憎しみ」という作品において、こう表現されている。

        ほかの感情とはちがう
        どんな感情よりも年上なのに、同時に若い
        それは自分を生み出す原因を
        自分で生む

     不条理に満ちた、「世界」という名の他者に、ただ言葉でもって向かい合う。それは普遍性を持ちつつも、イデオロギーやプロパガンダやマスコミの報道とは異なり、個から個へ語りかけてくる。翻訳されても壊れない、直接、そのままの伝言として。





  • エコポイント商品何か買いました?
    遊佐は家電雑誌買いました^^(家電大好きなのでw)

    ということで。
    白物からテレビまで、、、沢山買う予定があるのですが。
    (結婚する知人の嫁入り道具電化製品一式を受注したのでw)

    ってことで。
    エコポイント詐欺横行中なんだそうですね。。。
    まぁ、要するにネットで安く電化製品を売る。
    でも、、、エコポイントは申請したら既に申請済みなんだそうでw。

    おまけに、びっくりは。。。
    エコポイントの会社?が予想通り?そういうことは想定外なんだそうで。。。

    対応する目途すらないんだとw。

    まぁ。
    そんなもん、
    やる前から素人でも分かったことなんだけどどうよと。





  • そんなソイラテ。豆乳ラテとかも呼ばれたりしてるけど、僕は、この名前に非常に違和感を感じでなりません。おそらく、ヨーロッパ系の言語を一つでもかじったことのある人は、この飲み物の名前に僕のように違和感を覚えることでしょう。

    確かに「ソイラテ」=「豆乳+牛乳」ですね。ソイ・カフェならばしっくりきそうですが......と思いきや。そもそも「スターバックス ラテ」というネーミングにもコーヒーは入っていない!?

    ちなみに、スペイン語で「ソイ」は英語で言う「I am」にあたるので「ソイラテ」というと「私はラテです」と言っている意味になったりします。余談ですけどね。

    いやぁ、いろいろな言語で考えてみるとこうした商品の名前ってオモシロイですね。ちなみに、アタシの名前は「ト・モコ」=「あなた、鼻くそ」という意味だそうで、メキシコ人に大笑いされます。これもまた、余談ですけど。





  • ただ、公開の場で作業を行った点については、「あきれるような無駄が続いていることを、国民がじかに知ることができた点で意義は大きい」と高く評価し、「仕分けの基準や議論の手続きを見直した上で続けてもらいたい」と話した。

     インターネット中継で作業を見たファイナンシャルプランナーの畠中雅子さん(46)は、「民主党議員が発言を遮ったり、意見に取り合わなかったりする場面が目立った。発言者をいじめているみたいで、見ていてつらかった」。議論の内容にも「目先の財源確保ばかりに終始し、長期的視点が感じられなかった」と、厳しい意見をつけた。

     かつて百貨店のカリスマバイヤーとして知られ、老舗靴下メーカーの再建も手がけた藤巻幸夫さん(49)は、「事業仕分けは、企業でいえば『棚卸し』に当たるもので、企業再生において基本中の基本。国の事業を総点検し、無駄を削る方向性は正しい」としたが、「仕分け人の数が多過ぎて、実質的な議論が出来ていないのでは」と指摘した。



2009年11月12日 (木)

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  • 「災害地名」とはどんなもの  今回の研究発表で取り上げられている災害地名は「新田」「小沼」「松川」「平林」「下平」などです。これまで地名研究者の間で自然災害と関係ある地名とされてきたものは「川」「瀬」「水」「沼」「沢」「潟」などいろいろあるのですが、いずれも過去の火山噴火で埋まってしまったところ、溶岩が流れ出てきたところ、地震で崩れたり大きな断層ができたところ、いわゆる液状化現象が生じたところ、大雨がふると洪水になったり、山が崩れて地滑りが起きたり、土石流に襲われたりしたことを示すものです。  ところが、「新田」「小沼」「松川」「平林」「下平」のいずれをとっても、日本列島どこにでもある地名であり、そこから災害のかけらも感じ取れないことから、誰もが注意を払わない結果、過去の災害の教訓が活かされないと言えます。

     たとえば、「新田(しんでん)」は文字どおり「新しく開発された田」を意味します。誰もが、これのどこが災害地名なのだと思ってしまいます。が、よく考えて下さい。新しく開発された田は、埋め立てられてできた、あるいは大洪水や土石流でできたものなのです。当然、地盤がゆるいのです。その上に家を建てたら地震に弱いことは明らかでしょう。江戸の下町は江戸湾を埋め立ててできたものであることはよく知られているところですが、東京の「神田(かんだ)」も実は「しんでん」で、どもにもあるような「新田(しんでん)」では面白くないので、「しんでん」を文字って「神田」にしたのです。地盤などがゆるく危ないので「明神さん」を祀って安全を祈願したものです。
     「新田」を「にった」と読んでいる場合は、もともとは「ヌタ」と読んでいたものが転化したもので、「沼・地」を意味した「ヌマ・タ」が「ヌ・タ」、さらに「ニ・タ」になり、「新田」という字や「仁多」「仁田」が当てられたと言われています。アイヌ語で「ニタ」は「湿地」を意味するのですが、日本民俗学の祖とも言うべき柳田国男はこの説を採用しています。





  • ■ The Jobless Rate for People Like You (New York Times)

    タイトルは「あなたと同じ境遇の人々の失業率は?」といったところでしょうか。副題には「不況による影響は均等ではない」とあり、人種や世代の違いによって、失業率が異なることがほのめかされています。

    例えば以下は、「白人」「男性」「45歳以上」「大卒以上」を指定した場合の失業率の推移:





  • さらに重要なのは、利益を追う営利活動とそうではない非営利活動との差自体、よくいわれるほどちがわないということだ。営利企業は利益を追うあまり品質を軽視したり労働者を酷使したりするというイメージで語られることが少なからずあるが、まじめに経営されている企業の人なら、これがどんなに空疎かつ失礼な批判であるかすぐわかるだろう。企業でも長期的、戦略的視野にたって品質を重視するところ、労働者を大事にするところはたくさんある。逆に非営利団体だってサービスの品質を軽視したり、労働者を酷使したりするところが少なくないことは報道等でも明らかだ。また、上記の保険と共済の例でも、共済ではプランがシンプルだったり年齢等による掛け金の差がなかったりといった要素はあるはずだが、それは必ずしも非営利性に起因する性質ではない。非営利団体であるNHKが報道番組に力を入れたり金をかけた番組作りを進められるのも似ている。そうできるのはNHKが非営利だからではなく、収益源が法律で確保されているからだ。




  • 図表1.部門別の資金過不足の推移
    (出所:日銀「参考図表(2009年第2四半期速報)」(pdf))

    これ、日本経済の構造変化が起こっているということを一目で理解するのに非常にいい図ですね。

    80年代まではずっと一般企業(「民間非金融法人企業」)は「資金不足」側の存在で、常にお金がなかったわけですが、バブル崩壊後の90年以降、企業がお金を使わなくなって、93年以降はほぼ資金供給側に回ってしまっています。

    個人(「家計」)も、従来はドバドバお金を供給する側だったのが、だんだんそうでもなくなってきています。

    政府は、バブル崩壊以降、ずっと「お金を使う側」の役を演じて来て、小泉政権下で徐々に資金不足解消の方向に向かって行っていたわけですが、07年度以降はまた資金不足方向に振れています。





  • 『百人一首』に選まれた謎多い蝉丸なる人の

     これやこの行くも帰るも分れつつ
      知るも知らぬも逢坂の関

    という歌に、初めて清新のフィギュラリズムを感じたのが小学生高学年のいつかのことだった。音も字面も旅人同様に往還・往復している、といえば分ってもらえるだろうか。言語が形式として孕まされているリミナリティ(境界性)を「関」という内容が念押しする。見事なかたち三昧である。
    高山宏『かたち三昧』


    そうそう。こういう感じ方。こうした感じを受け取る身体に刻まれた能力。

    ただ、この身体能力。とても大事だと思うのだけれど、具体的にどう養えばよい、とアドバイスすることはなかなかむずかしい。この人はその身体能力が高いとか低いとかいうのは、しばらく接していると(特にいっしょに仕事をしていると)わかるのだけれど、じゃあ、低い人にこすれば能力を磨けるよという具体的なアドバイスをする方法を僕は知りません。

    ひとつ言えることがあるとすれば、自分自身の方法で自分自身の生活を楽しめているかどうか、ということが関係あるのだろうとは感づいています。それも「がんばろう」なんて無理せずに、もっと自然体で、ただ忍耐強さはもって自分自身の楽しみ方を常に模索しつづけ楽しんでいられる。そういう姿勢がフィギュラリズムを育てるのだろう。そんな風に思っています。







2009年11月11日 (水)

links for 2009-11-10

  • 行儀の良いメモリ使用率で、お気に入りのFirefox独自ビルダ。  
  • 【11月10日 AFP】地球は2012年12月21日になっても滅亡しない――。米航空宇宙局(NASA)は9日、インターネットや新作映画の公開で高まる地球滅亡説を沈静化すべく、異例の声明を出した。

     製作費2億ドル(約180億円)をかけたSF超大作『2012』が米国で13日から、日本では21日から公開されるが、これはマヤ暦に基づいた地球最後の日をテーマにしている。

     地球最後の日というストーリーは、ニビル(Nibiru)と呼ばれる正体不明の惑星X(Planet X)が地球に向かって来ている、または地球と衝突して地球は滅亡するという話が主軸になっている。

     疑似科学者や超常現象マニア、そしてインターネット上での記述によれば、ニビルはシュメール人が発見したと言われている。

     動きを予測できないこの惑星の存在を隠しているとしてNASAを責めるサイトまであるが、NASAはそういったストーリーは「インターネットで横行するでっち上げだ」と非難した。

    「そういった主張を裏付ける事実は何もない」ホームページのQ&Aコーナーにこのように掲載したNASAは、衝突の話が事実なら天文学者が少なくとも10年前からその惑星を追跡しているだろうし、現在では肉眼でも確認できるほどになっているはずだと主張。「明らかに、そんな惑星は存在しない」と断言している。

    「世界の信頼できる科学者は誰も、2012年に関する脅威などないと分かっている」

     NASAによれば、地球はあと40億年は滅亡しないという。





  • 200年前の日本、文化7年(1810)に「旅行用心集」というものがあったそうです。
    旅の準備や道中の注意が書かれたものということですが......

    頭の菅笠には 必ずと言っていいほど「出身地と名前」が書いてありました これは 例えば万一途中で山賊になどあって 手形も含め所持品を全部取られた上に 殺された場合 連絡先がわからないからですね

    嗚呼、おそろしい!
    さらに「道中用心61か条」というマナー集。

    * 道端に煙草の吸いさしを捨てるな
    * 道端の野菜 木の実を取って食うな
    * 神社や橋に 落書きするな

    マナーという意味では昔も今も変わりませんね。





  • Advertising Ageがまとめた表を見ると、アメリカの大手・有名ブランドの中にも、社名やブランド名そのままのTwitterアカウントを取得するのに失敗したところが多く存在することがわかります。

    ブランド名・企業名のアカウントを持っていない有名企業・ブランド

    * バーガーキング
    * バンクオブアメリカ
    * ジェネラルエレクトリック(GE)
    * ジェネラルモーターズ(GM)
    * マスターカード
    * フォルクスワーゲン
    * KFC
    * ナイキ
    * ウォルマート
    * ディズニー

    日本企業を見ると、任天堂、日産は持ってないですね

    同名のTwitterアカウントを持っている有名ブランド・企業

    * アメリカン・エクスプレス
    * デル
    * コカコーラ
    * フォード
    * クライスラー
    * ベストバイ(家電販売)

    トヨタ・ソニーは公式アカウントのようです。

    これらのアカウントを取ったユーザーは、その企業のニュースを(企業の広報と無関係に)つぶやいているようなものもあれば、ツイッターをほとんど使ってないもの、他のサイトへ誘導しようとする宣伝書きこみばかりのもの、などさまざまのようです。





  • 茂木氏は20年までの3年間に所属する「ソニーコンピュータサイエンス研究所」(東京都品川区)からの年間約1000万円の給与所得のほか、脳科学関係の著書の印税やテレビの出演料、大学などでの講演料などで約4億円の雑所得があった。しかし、源泉徴収分を除いた所得税1億数千万円を納税していなかったという


2009年11月10日 (火)

links for 2009-11-09

  • 2. 経営者や社員をフォローする

    公式アカウントと同様、希望している企業の情報や企業文化を把握する手段の1つとして、その経営者や社員のアカウントをフォローするという話ですね。例えば経営者の場合、

    * 経営者 - 有名人・芸能人のTwitterアカウントWiki - livedoor Wiki(ウィキ)
    * 日本人経営者リスト (EmployersJP) on Twitter
    * @kensuu/it-president

    などといったまとめサイト/リストがありますので確認してみて下さい。経営者アカウントの場合、マーケティングの一環として行われているものもありますので、調べるのはさほど難しくないと思います。

    一方、社員アカウントの場合には、所属企業や名前を明らかにしていない場合が多いので調べるのは大変です。ただ、以下のような確認方法が考えられるでしょう:

    * 実名と所属企業を明らかにしているブログ(個人で開設しているものの他に、オルタナティブブログやあすなろBLOGなどがありますね)を調べ、そこに個人アカウントが記されていないか確認してみる
    * ある企業の社員/関係者アカウントを集めたリスト(Twitterの新機能)がないか確認してみる(例:@naoyam/ibm-evangelists、@Oracle_Japan/oraclejapan など。調べるには「Twitter リスト検索」が役に立ちます)
    * 「自己紹介」欄限定検索(TweepSearch や LocaFollow など)を使ってみる(例えば"日本オラクル"で検索してみた結果がこちら)

    何らかの形で経営者や社員のアカウントが把握できたら、みゆや TweetStats のようなサービスを使って、彼らが何時頃につぶやいているのか、誰と会話を交わしているのか等を確認してみると、彼らの生活が把握できて面白いかもしれません。ストーカーのようですが……









  • カキにあたる要因、あたらない要因のまとめ

    1 ヒトの要因

    (1) レセプター
     ノロウイルス属に属するウイルスはABO式及びLewis式の血液型を決めている組織・血液型抗原をレセプターとして利用しており、そのレセプターを持たない人はそのウイルスに感染しない。ノロウイルスには種々の遺伝子型のウイルスがあり、その種類によりレセプターとして利用する組織・血液型抗原に違い(特異性)がある。

    (2) 免疫
     多くの人は、小児期に感染性胃腸炎としてある種類のノロウイルスの感染を経験しており、カキにより同じ種類のノロウイルスの感染を受けた場合、軽症か無症状で経過する可能性がある。

    (3) 不顕性感染
     他のウイルスでみられるように、ノロウイルスにおいても感染しても発症しない不顕性感染の存在が報告されている。

    2 カキの要因

    (1) カキ個体によるウイルス量のバラツキ
     同じロットのカキでも、カキ個体ごとにノロウイルスが含まれたり、含まれなかったり、また含まれる量も異なる場合が多く、カキ個体ごとのウイルス量にバラツキがある。

    (2) カキの大きさ
     同一条件で加熱した場合、大きいカキは小さいカキと比較して、カキ内部の加熱不足を起こしやすく、ノロウイルスが生存する危険性が高い。





  • つまり、米国の社会には「今の自分に満足していなくてはならない」という強迫観念があり、それがプレッシャーとなって米国人女性を不幸に追い込んでいるのだ。

     現在の米国で、女性が自分に満足することは至難の業だ。

     理想の女性像とは、頭が良く、数カ国の語学を操り、高学歴で、男性と対等に仕事をこなし、高収入で、しかも男性に媚びることはなく、けれどセクシーで、美人で、スタイル抜群で、身に着けるもののセンスがよく、毎日ジムに通って運動し、健康に気を使い、優しいけれどはっきり「ノー」と言える自己主張があり、結婚したら完璧な妻となり、子供を産んでも家事も仕事も子育ても難なくこなし・・・と、現実にはあり得ないスーパーウーマン像が押し付けられている。

     これは、女性解放運動以前の価値観と、その後の価値観が合わさり、その両方が求められるようになっているからである。しかも、彼女らの親の世代は、目まぐるしく変化した女性観に対応できず、娘たちに「女性はこうあるべきだ」、もしくは「こういう人になりなさい」というきちんとした価値観を植え付けることができなかった。

    「・・・」

    米国には「ルネッサンスマン」という男性に対する褒め言葉がある。芸術から科学に至る幅広い知識と教養を持ち、いくつもの楽器を演奏でき、乗馬からフットボールまでいかなるスポーツでもこなし、飛行機を操縦し、グルメで、仕事ができて、空いた時間には詩を書いている・・・というような、ヨーロッパ的教養人への憧れと共に生まれた理想の男性像だ。

     実際に良家の男子は「ルネッサンスマン」になるべく教育される。そして、「彼はルネッサンスマンだ」というのは最高の賛辞だ。女性が造り出したスーパーウーマン像は、これがモデルとなっている。

     ただし、「ルネッサンスマン」は、歴史的に積み重ねられた確固たる男性観の延長にあり、その実現をサポートする社会や家族が存在する。ところが、スーパーウーマン像には、これを煽る消費社会以外には、サポートも、裏付けとなる価値観もない。

     つまり、どれだけ権利や制度面で男女が平等になったとしても、男性が「理想の男性像」を追い求めることと、女性が「理想の女性像」を追い求めることの間には、大きな不平等が横たわっている。男性が「理想の男性像」を追い求めることの方が、社会的には容易なのだ。





  • その5つの神話とは、以下の通り。

    1. 米国人は他国に比べ経済的機会に恵まれている
    * 最近の研究によると、実際には、北欧と英国の低所得者家庭に生まれた子供の方が、大人になってより高所得者の家庭を作る可能性が、米国よりもずっと高い。
    * 米国で中所得者家庭に生まれると、大人になった時に上下の階層に移る割合はほぼ同じである。しかし、5分位で最低所得分位の家庭に生まれた子供が中所得者以上に移る割合は、35%に過ぎない。一方、最高所得分位の家庭に生まれた子供が中所得者以上になる割合は、76%である。
    * ただし、移民の機会という点では米国は他国に比べ恵まれている。母国よりもかなり多く稼げるし、仮に最初は低賃金だとしても、子供の所得は大きく上昇する。
    (以下略)





  • Firefoxアドオン「Twitter Plus」
    2009.11.8 Twitter Plus v1.0 公開
    twitterplus10.xpi

    機能
    ・RT自動改行
    ・RTボタン
    ・URL展開
    ・@user検索
    ・user画像表示
    ・全員フォロー





  • ベルリンの壁は東西ドイツ国境ではない

     これも間違いやすいのです。ベルリンという街は、東西ドイツの境界線上にあったのでなく、左の図のように、東ドイツの中にありました。だからベルリンの壁は東西ドイツの国境ではあり得ないのです。ベルリンの西側、つまり西ベルリンは社会主義国だった東ドイツの真中にあったため、自由を求めて西ベルリンに亡命する人が後を絶たず、東ドイツが築いたのがベルリンの壁でした。市民が西ベルリンへ入るのを阻止する目的ですから、壁は西ベルリンを取り囲むように作られました。



2009年11月 9日 (月)

links for 2009-11-08

  • 国立感染症研究所の6日の発表によると、インフルエンザ患者数が全国で警報レベルに達しました(画像はイメージです)
  • NHKでは内部告発を元に、事件が明らかになるかなり前から、山本病院にいた医師や看護師、患者など関係者への取材を行なっていたということで、(1)生活保護を受給する患者に行なわれる不必要で膨大な検査・手術のカルテを提示したり、(2)診療報酬を荒稼ぎするために(診療報酬の長期入院による逓減を避けるため)、患者を短期間で繰り返し転院させていることを裏付ける証言や証拠を見せるなど、「病院の貧困ビジネス」の実態をかなり生々しく、確実に捉えていた。また、(3)(通常は圧力がかかることを恐れてテレビでは扱わない)そうした転院でつながれた病院のネットワークの存在にも踏み込んでおり、完成度の高い、勇気ある番組であった。

    「・・・」

    こうした病院の多くは、俗に「行路病院(行旅病院)」として知られており、ホームレスの人々や日雇労働者が、心筋梗塞や脳梗塞などで路上で倒れた場合に、救急搬送先となる。救急搬送された場合には、一刻を争う状況であるから、生活保護の手続きをしている暇など無く、「急迫保護」といって直ぐに生活保護にかけ、生活保護から医療費(医療扶助という)を出せるようにする。これを、医療扶助の単独給付、略して医療扶助単給と呼ぶ。病状がある程度安定すれば、改めて手続きを行なって正式に生活保護受給者となる。

    この番組で、「生活保護受給者の患者」と呼んでいたのは、実は、元々はホームレスの人々や、高齢で仕事ができなくなった日雇い労働者である。ほとんどの場合は、救急搬送という形で、行路病院に入ることになり、転院ネットワークの中で一生を終える。番組で紹介された人のように、まだ元気なうちに公園のテントから直接病院に連れてこられたケースは、やや希であると思う。



2009年11月 8日 (日)

links for 2009-11-07

2009年11月 7日 (土)

links for 2009-11-06

  • 競合サービスにはOneRiotやTweetMemeなどがあるが、Topsyはデータを長期にわたって保持し続けるという点で他サービスと一線を画している。リアルタイム検索エンジンを名乗るたいていのサービスは、現在この時点に着目するものとなっている。ほとんどの場合はこれで必要十分ではある。

    しかしデータを一定期間毎に捨て去る仕組みでは、過去のデータが必要になった際に検索することができない。たとえば「skype andreessen」で検索してみたとしよう。OneRiotでは4件、TweetMemeでは0件、そしてTopsyでは37ページ分の結果が戻される。
    またTopsyではこの結果をソートしたり、あるいは時間によってフィルタリングすることもできるようになっている。つまり以前にTwitterに現れたリンクなどを検索する場合、Topsyのみがその結果を表示するようになっているのだ。

    日本語対応Topsy TopLinks

    そしてそのTopsyに、一定期間毎にTwitter上に最も多く登場したリンクを表示するプロダクトが加わった。これはTopsy TopLinksと名付けられている。Top 100、Top 1,000、Top 5,000のリンクを確認することができる(訳注:さらにこのリンクは多言語対応しており、日本語でのTop 100などを確認することもできる)。
    また、それぞれで表示されるリストの中から検索を行うこともできる。サンプルはこちら。

    ちなみにこのリンクはRSSフィードでも提供されており、検索結果の方もフィードとして取得することができるようになっている。





  • 【質問】会社で負担する健康診断の費用は経費になりますか

    【回答】

    健康診断の費用は、従業員全員を対象として会社で負担する金額は福利厚生費として会社の損金に計上することが出来ます。一定の役職以上のみを対象に絞ると対象者に対する給与として扱われるので留意が必要である。

    これが、役員に対する給与となった場合は、法人税法34条に規定される低軌道額給与に該当しないことになるため、損金不算入となる。

    昨今、新型インフルエンザが流行しているが、インフルエンザの予防接種費用を会社で負担する場合も同様の取扱いになる。

    ※ 実際の会計・税務処理にあたっては、ご気軽に当事務所の無料相談のお申込ください。





  • 絞り込んだトップバッターが能開大だというのですから、この人たちの目には、公的職業訓練というのは、ムダ中のムダだと映っているのであろうことは想像に難くありません。

    実は、それは、1970年代半ば以降の、わたくしのいう「企業主義の時代」にもっとも適合的な思考形式であったのです。

    1960年代の高度成長期には「職種と職業能力に基づく流動的労働市場」を目指していた日本の労働政策が、石油ショックを契機として企業における教育訓練と雇用保障を中核とする政策に大きく転換したということは、わたくしが繰り返し述べてきたことですが、政策の中心が企業内教育訓練に集中すればするほど、公的職業訓練などというものは残余的、周辺的な地位に追いやられていくのは当然でした。

    「企業主義の時代」に「ムダ」の代表に見えるようになっていった公的職業訓練ですが、1990年代半ば以降「市場主義の時代」になっても、あまり復権しませんでした。この時は例の竹中平蔵氏がフリードマンを持ち出して「教育バウチャー」とか騒いだので、「教育訓練給付」という名のNOVA補助金が保険料から大量に支出されるというのが中心であったのです。もっとも、1998年に封切られた山田洋次監督の『学校Ⅲ』は、リストラにあった中高年たちが必死に職業訓練に励む姿を描き、公的職業訓練の意義を世に訴えました。

    ようやく市場主義の時代が過ぎ去ろうとし、とはいえ企業主義の時代に戻るのでもなく、労働者が職種と職業能力に基づいて流動的にしかも安定的に労働市場をわたっていけるような社会を作ろうという機運が出てきた、この期に及んで、公的職業訓練を「ムダ」の一丁目一番地と見なすような発想が、民主党政権の中枢に巣食っているというのは、なかなかシュールな事態ではないかと思われます。

    この「ムダ」切りの人々は、どのような労働市場の姿を思い描いているのでしょうか。

    教育訓練はみんな企業が正社員にしっかりやってくれるから、公的職業訓練なんか余計だよ、という社会なのか、

    教育訓練は、NOVAみたいな民間の学校がやってくれるから、そこにお金をじゃぶじゃぶ流せばいいよ、という社会なのか、

    「ムダ」といえば脳みそが思考停止というのではなく、労働市場のあり方論を少しは頭の片隅に置いた上で、考えていただきたいと思います。





  • http://www.ifst.org/document.aspx?id=386

    2005年2月のものを更新

    過去20年間オーガニック食品への関心は増加してきた。

    食品産業全体のなかでは小さな部門で、これまで成長してきたのが現在の経済危機で減少している。オーガニック食品は消費者の選択肢の一つである。

    動物の排泄物を肥料に使う場合にはオーガニックであろうと非オーガニックであろうと適切な管理が必要である。特に生で食べる作物については徹底的に洗うよう消費者への助言が必要である。

    オーガニック食品と通常食品に栄養や健康上の意味のある差はないことが報告されている。

    他遺伝子組換え反対は科学的根拠はなくオーガニックで世界に食糧は供給できないなど。





  • 流れとしては、こうです。病院に入院されていた方が亡くなると、ドクターと担当の看護師が、いまわの際に詰めていた身内の方に「ご臨終」を告げます。いまや病院も「医は算術」ですから、死亡診断書以外にこの先お金をいただくことができない故人には、さっさと「退院」してもらいたいのです。なので、霊安室は、本当にカタチだけ。

     実際にそこに長時間遺体を安置することはありません。それで、看護師長さんが身内の方に、遺体の移動をお願いするのですが、身内の方はただでさえパニック状態になっているので、どうしていいのかまったく分かりません。そこで「この病院と懇意にしている葬儀会社に頼んで、ご遺体をお宅までお送りさせましょうか?」と聞くのですが、これでもう8割がた決まりです。看護師長さんから連絡をいただいた私たちは、すぐに霊柩車で病院に向かい、遺体を家まで運びます。そして気落ちしているご家族の方に、「ご葬儀は、どうされますか?」と尋ね、ほぼ100%「お任せいたします」というご承諾の言葉をいただいて、「商談」成立です。

     葬儀にももちろん、松竹梅と金額によるランクがあるのですが「〇〇様(故人)のご成仏をお祈りして、このコースでよろしいですね?」と一番高いプランを提示します。まずそこで、拒否する喪主の方はいません。葬儀が終わった後の見積書はかなりいい加減で、粗利は70%以上あります。何しろ、遺体を家まで運んだときの運転費やガソリン代まで計上するわけですから。

     こうして葬儀を終えた後、看護師さんにバックマージンを渡すことは、もちろん言うまでもありません。





  • 一方で、08年まで都内ベンチャー・コンサル企業に勤務し、「営業成績が1位だったこともある」と語る男性(20代)は

    「項目にある『現実的に達成不能なノルマを押しつけられる』『新人を研修させず、OJTとしてすぐに現場に投入する』といったことはベンチャー企業だったらよくあること」

    と指摘。

    「好景気なのにブラックだと確かに問題ですが、この不景気です。本来は『中小企業』でしかないベンチャー企業がブラックになってしまうのは仕方ありません」

    と話している。

    また、サイトには回答する際に社名を入れる欄があるのだが、その一部が結果と一緒にtwitter上に公開されている。「株式会社●●のブラック企業度は56%」といった具合だ。サイトにアクセスして「ブラック企業度」の診断をしたのが本当にその企業の社員かは分からないが、ここで目立つのがシステム開発系だ。広告やメーカーの他、役所などの名前も見られる。





  • 世界地図で表されている国の面積の大きさというのは、国民トータルの下位20%の人々の総所得であって、一人当たりの下位20%の人々の所得ではない。そんなことはあの人口のやたら多く、一人当たりの所得が低い中国やインドがやたらでかく、人口が少なく所得が高いオーストラリアがやたら小さいことからすぐ判断できる。下位20%の総所得で絶対貧困率を比較してもナンセンスだろう。この地図の作成者にも罪があるが、池田信夫氏のデータの見方のレベルの低さに衝撃を受けたよ。まあ、めんどい、という事情もあるのかもしれないが。

    総所得ベースでみると、日本は3630億米ドル、一人当たりだと2847ドルとある。しかも、これ、ちょっと変だ。3630億ドルを単純に全人口で割ったものだが、下位20%なのだから全人口の5分の1で割らなければならないはずだ。ということは、実際には14235ドルでなければならないはずだ。現在の為替レートだと128万円くらい。まあ、他国との比較の指標と考えれば大勢に影響ないが、それにしてもいい加減なデータだ。ついでにケチつければ このデータは2002年のもので今から7年前のものだ。ふる!。

    日本の一人当たり下位20%層は世界全体のそれの5.7倍だ。他の地域全部との比較でも6.6倍ぐらいだ。だから池田氏が7倍以上とリンク先の記事をそのまま引用するのもいかにも軽率だ。

    日本の貧困層はもっと“豊か”でないはずだ。実際、一人当たりで日本に勝っているのは小国のルクセンブルクだけだけれど、あくまで7年前の話だ。





  • 消費者へのアドバイス

    1. (1)自分で努力せずにお金が儲けられるなどという話は信じない
    2. (2)高額な費用が必要になる場合、契約するかどうか慎重に検討する
    3. (3)契約前に仕組みについて十分に説明を受け、契約書類を確かめる
    4. (4)自分の仕事の事業者的性質に注意する
    5. (5)最寄りの消費生活センターへ相談する





  • 架空の牧場で作物や畜産物を収穫するゲームだけなら罪は少ないのですが、今朝の朝日朝刊では、「ネット空間 土地投資マルチ」として、ネット上の仮想空間の土地投資という新手の商法で会員を募っているビズインターナショナルという会社についての記事が出ています。そんな馬鹿な話、と思う人も多いことと思いますが、同じく架空空間でのビジネスで一時期話題となっていた「セカンドライフ」のことを考えれば、一概に荒唐無稽な話とも思えなくなってくる、というのが、この手の商法の怖いところですね。
     この件については、宮城県が、9月に特定商取引法に基づいて、4ヶ月の業務停止(同県内)を命令しています。

     → 宮城県の行政処分(業務停止)(09/9/2)
     → 宮城県の情報提供(09/4/2)
     → ビズインターナショナルのwebサイト

     いかにもインターネット社会らしい商法に見えますが、以前からあった「原野商法」だって、同じ構造といえます。北海道や青森などの広大な原野の土地を、近くに原子力施設ができるから価格が上がる、などといって切り売りする手法です。リアル土地だろうが、バーチャル土地だろうが、ちゃんと確認して値打ちを検討しなければ同じことになります。





  • ロンドン(CNN) 英国ロンドンの科学博物館がこのほど創立100周年を記念して、重要な科学発明に関する投票を実施、結果が4日に発表された。約5万人の人々が重要だと感じて投票したのは、エックス線を利用して体の内部などを調べることができる「レントゲン」だった。

    科学博物館は科学史上、重要な発明10点を選んで、来館者やオンラインで投票を呼び掛けていた。

    「レントゲン」は、1895年にエックス線を発見した物理学者レントゲンにちなんで名付けられたエックス線撮影装置。レントゲン博士はエックス線の発見により、1901年にノーベル物理学賞を受賞している。

    レントゲン機器により、医師は患者の骨の状態などを外から確認できるようになった。非破壊検査機として、医療のほか空港の手荷物検査など、様々な場面で利用されている。全投票のうち、約5分の1に相当する最多9581票を集めた。

    次点は、世界初の抗生物質「ペニシリン」の発見で、その次にDNAの二重らせん構造の解明が続いた。





  • 韓国。特許訴訟も対象。Reading: ペーパーレス裁判、近く導入へ http://www.chosunonline.com...


2009年11月 6日 (金)

links for 2009-11-05

  • 本家/.の記事(Why a High IQ Doesn't Mean You're Smart)より。ブッシュ前米大統領は愚か者呼ばわりされることが多かったが、彼のIQスコアは120以上と推定される。これは全人口の上位10パーセントに入っていることを意味し、決して低い値ではない。しかし側近たちですら、彼の判断力や意志決定能力をあまり高く買っていなかった。IQが高いのに愚かというのは、一体どういうことなのだろう?

    この問題に15年間取り組んできたトロント大学の心理学者、Keith Stanovich氏によると、これにはIQテストの持つ限界が関係している(Clever fools: Why a high IQ doesn't mean you're smart)。IQテストは論理力や抽象推論力、学習能力、一時記憶能力などといったある特定の精神機能を測定するには極めて有効だが、そうした機能をどこに振り向けるかという理性的判断力を測ることはできないからだ。ハーヴァード大学大学院のDavid Perkins氏いわく

    私たちの精神はサーチライトのようなものだ。IQはサーチライトの明るさを測定する。しかし問題は、サーチライトでどこを照らすかということなのだ。

    ちなみに、イェール大学の行動経済学者Shane Frederick氏が行った調査によれば、全米トップクラスの大学生3400人に以下の問題を出してみたところ、3問正解できたのはわずか17%、3分の1に至っては一つも正解できなかったという。/.Jの皆さんは即答できますか?

    1. バットとボールは合わせて1ドル10セントである。バットはボールよりも1ドル高い。では、ボールはいくら?
    2. 5つの部品を作るのに5台の機械で5分かかる。では、100台の機械で100個の部品を作るには何分かかる?
    3. ある湖に蓮が浮かんでいる。毎日蓮は2倍に増える。湖全体を蓮が覆い尽くすまでに48日間かかった。では、蓮が湖の半分を覆うのには何日かかる?





  • 最近、マスコミや環境運動家が「生物多様性」と「外来種排斥」の2つの矛盾したことを口にしている。生物が多様化し豊かな自然ができるのは、外来種が入ってくるからであり、それを飲み込んで日本の自然ができる。

    文化もそうで、日本のように多くの文化を取り込み、それを日本文化と融合させることによって世界でもまれに見る多様な食文化や服装のデザインを生み出してきた。

    たとえば、外来種として有名なブラックバスは1920年代に食糧確保を目的として輸入され、当時は日本の淡水魚に勝てなかった。

    でも、次第に日本の自然が汚れてきたので、ブラックバスが繁殖するようになったのだ。

    そこで、マスコミとNPOが一緒になって「外来種排斥運動」をしている。特に朝日新聞などを見ていると、外来種=悪、と決めてかかった記事が一面のトップに掲載されたりしている。

    「外来種排斥」というのはお金になるという。ある外来種に目をつけてマスコミが追放キャンペーンをする。それを受けて運動家が環境省などに「外来種追放運動補助金」を申請し、ある場所で繁殖している外来種の50%位を毎年、殺す。

    でも、繁殖する条件が整っているので、次の年はまた繁殖しているので、毎年、お金をもらって「駆除」する。答えられない商売である。

    短絡的なマスコミとお金の欲しいNPOが一緒になって「税金が貰えるから、錯覚させてブラックバス排斥のお金を取ろう」というような方に考えを持って行かずに、「日本の自然を取り戻そう。そうすれば日本の淡水魚が増える」と正しく考えることだ。

    なんでも「補助金」では日本は衰退する。補助金で日本人を乞食にし、補助金で日本の自然の多様性を破壊しようとしている。税金を出す方ももらう方も、日本と日本人のことを真剣に考えて欲しい。

    駆除しなければならないのは外来種ではなく、日本の文化と自然を破壊するマスコミと運動家、それに精勤に巣くって生きる政治家と役人だ。

    (平成21年11月5日 執筆)





  • 【回答】

    金銭の授受の際の領収書の金額が3万円以上の場合は、印紙税が課税されるため、領収金額に応じて領収証に200円以上の印紙を貼り付ける必要があります。

    しかし、例外として領収証を電子メールかFAX等で相手に発行する場合は印紙税法上の課税文書には該当しないため、印紙税は課税されません。つまり印紙を貼り付ける必要がありません。

    また、銀行振込で金銭を受領した場合は銀行の発行する振込明細書が領収証代わりになるので、改めて領収証を発行する必要はありません。振込明細書自体には印紙の貼り付けはありませんが銀行側でまとめて印紙税を納付しています。ATM手数料が3万円を境に上がることが多いのはこの為です。

    せっかく銀行が印紙税を納付しているのに会社側でも領収証を発行してしまうと印紙税が二重取りされる結果になります。

    お客様には平素から、銀行振込の場合は改めて領収証を発行しないので、振込明細を保管して下さいとアナウンスしておくことが大事です。





  • いやいや、外資系にいるとしみじみ感じますよ。

    .

    英語でどうやって説明しようかと考え続けているんですが、最近編み出したのが
    「Customer Forgiveness(CF)」という概念。

    顧客満足が「Customer Satisfaction(CS)」なら、当然『顧客不満足(Customer Dissatisfied)』な状態もある。で、その間のどこかに「顧客許容(Customer Forgiveness)」というポイントがある。

    顧客許容な状態は、お客様が何かの商品について「満足」はしていないが、「まぁ、しょうがないか」と思ってもらえるレベルに到達している事。その商品の代替品を欲しくなった場合、その会社は「他社と同列で扱ってもらえる」。

    顧客不満足になると、その商品の代替品を欲しくなった場合、その会社は「他社の製品ではどうしても要件を満たせない場合にのみ」考慮してもらえる。

    で、顧客満足と言う状態は、その商品の代替品を欲しくなった場合、その会社が「他社の製品に先駆けて」考慮してもらえる。

    .

    で、日本とかは CF と CS の間のギャップが広いのではないかと。逆に米国は CFとCSの差がほとんどない。

    よくCSAT(Customer SATisfaction Research)とかいってお客様に満足度調査をする場合がありますが、質問内容を考えるとほとんどが実は CF を測っているような気がします。米国なんかは CF と CS の差がほとんどないので、目標とするCFのレベルを若干高い目に設定すればCSもクリアする。日本の場合、CFとCSの差が大きいので、CFを満たしてもCSは全然満たせない。

    .

    ストレージ系の企業で国際的な会社に EMCとNetAppがあります。で、先日すごく大雑把な比較をしたのですが、EMCとNetAppは共に「成功している国では両方とも成功」「市場占有できていない国では両方とも駄目駄目」という傾向がある。さらに、これは個人的感想ですが、 CSとCFの差がでかい国ほど駄目駄目に見える。CFとCSを区別して統計を取っている資料がないので感覚的に…ですが。

    ただ、CSとCFの差がでかくて、なおかつマーケットがでかいのは日本だけなので、日本での失敗が目立つのかもしれません。





  • 強者は道徳を蹂躙(じゅうりん)するであろう。弱者はまた道徳に愛撫されるであろう。道徳の迫害を受けるものは、常に強弱の中間者である。

        by 芥川龍之介





  • (都合悪かったらコメント欄等で指摘願います。記事消しますので→ymScott氏)

    一般論です。あくまで一般論です。さらに単純化した話です。

    正面からの議論にこだわる人とこだわらない人とでは、最後に立っているのは後者。

    守るべきもの(たとえば自分のブログ)がある人とない人とでは、最後に立っているのは後者。

    実名またはコテハンの人と匿名の人とでは、最後に立っているのは後者。

    理性的たろうとする人と気にしない人とでは、最後に立っているのは後者。

    汚い言葉を厭う人と気にしない人とでは、最後に立っているのは後者。

    一対多では、最後に立っているのは後者。

    粘着度の低い方と高い方とでは、最後に立っているのは後者。

    相手を理解しようとする人としようとしない人とでは、最後に立っているのは後者。

    己を客観視できる人とできない人とでは、最後に立っているのは後者。

    他人を罵るのが好きでない人と好きな人とでは、最後に立っているのは後者。

    不毛な争いに倦む人と飽きない人とでは、最後に立っているのは後者。





  • AK-47をコンサルタントに手渡して、「これをもっと高性能にして下さい」なんて問題を出したらいい。少なくとも、ガタをなくす方向の改良を提案した人は、AK-47で射殺されるべきだと思う。

    「精度を追求した帰結として系が死ぬ」現象というのに、何かもっともらしい名前を付けて、世の中にもっと周知してほしい。トヨタの「カンバン方式」にしてから、あれはたぶん、「無駄とり」なんかじゃなくて、もっと別の理由があって、ああいうやりかたにたどり着いてる。

    「個々の部品が完璧な動作をすることで、系としての動作が完璧になる」なんて考えかたは迷信であって、むしろ「個々の部品に最大の自由度を与えつつ、系としての動作を一定に保つような制約をデザインする」ことを目指さないといけない。世の中で成功している多くのプロダクトが、たぶんこうした方針に沿っているのに、それはしばしば、「改良」が好きな人から見れば、「無駄の多い」ものに見えて、「改良」を受けた結果として、いろんなものに不具合が波及する。

    個々のその場所を「よく」することそれ自体は、正義どころか悪徳なんだと思う。「全体の良さ」につながる改良は、むしろしばしば、どこかを「悪く」、「いいかげんに」することで達成される。





  • よくネットではい論破wとか論破してやるからかかってこいとかほざいてるアホがいる。

    たしかにお前が論破と呼ぶもので人の意見を封じ込めることはできるかもしれない。

    でもそこに論破された相手の納得や相手への敬意、信頼はうまれるか?

    ほとんどの場合うまれないであろう。

    なぜか?

    そこには相手の思考、感情を汲み取るってことがないからだ。

    相手がその思考に至るには背景や信念があるはず。

    でも論破厨は相手の意見を封じ込めることに精を出しているだけ。

    それじゃコミュニケーションはいつまでもとれないよ。

    論破厨に童貞が多いのもそのせいだろうな。

    「正論だけじゃ人は動かない。」

    これがわかるかどうかだ。

    (追記あり)





  • >城さんの話は「ウルトラC」があるような感じがするんですよ。ここさえやればうまくいくんだ、という。でも私はウルトラCはないと思う。いくつものステップを踏まないと、いきなり欧州型の職務給などにはならないし、横断的労働市場も形成されない。

    >私はそれでもウルトラCに賭けてみたい。

    世の中の仕組みをどうするかというときに、「ステップを踏むなんてもどかしい」と「ウルトラCに賭ける」のが急進派、革命派であり、「ウルトラCなんかない」から「ステップを踏んでいくしかない」と考えるのが(反動ではない正しい意味での)保守派であり、中庸派であると考えれば、ここで湯浅氏と城氏が代表しているのは、まさしくその人間性レベルにおける対立軸であると言うことができるでしょう。

    (追記)
    「・・・」
    わたしが興味を惹かれたのは、「活動家一丁上がり」などと言っている左翼活動家の湯浅氏がフェビアン的であり、企業の人事部に対して現実的なコンサルやアドバイスをしている(はずの)城氏がレーニン的であるという、対比の妙が面白かったからです。

    東洋経済の中の人も、似たような感想を持たれたようですが。





  • ※ 東京モーターショー:入場者半減、61万人
    http://mainichi.jp/select/today/news/20091105k0000m020102000c.html

     いくら何でも半減は酷い。いよいよ自動車なんて、国民にとってはどうでもいいツールになって来たんでしょうね。恐ろしいことです。その内、都市部でも、道路は営業車と僅かの金持ちの車しか走らなくなって、かつての公害みたいに、「そういえば昔、渋滞てのがあってさぁ」みたいなことになるんでしょうか。
     モータリゼーションの衰退は、それが必須な地方より都会の方が加速するんでしょう。
     何か、不景気とは別の要因で、自動車産業の斜陽化が始まったのかも知れないですね。モータリゼーションが地方の鉄路を壊滅させたけれど、都会では逆に、鉄路がマイカーを駆逐することに成功しつつある。都市部に於ける道路整備の遅れと、不景気がそれを後押しした。





  • 北海道:何も付けない、醤油、酢醤油がそれぞれ一般的
    東北 :何も付けないが主流
    関東 :何も付けないが主流 一部に醤油
    中部 :何も付けないが主流 一部に醤油
    近畿 :大阪、神戸はウスターソースが有力 醤油、酢醤油も一般的
        京都では、醤油とからし、またはからしのみが一般的
    中国 :何も付けないが主流 一部に酢醤油
    四国 :酢醤油を一般的、ウスターソース、何も付けないも有力
    九州 :酢醤油が主流




  • 砂場を製作してる数社に聞いたけど、やっぱり深さは30〜45cm程度。また底の部分は、砂の下に不織布を挟まず、砕石が敷かれてるだけっていう、簡単な作りの砂場も多かった。植木鉢やプランターの構造と同じで、それだけでも問題ないという。

    ところで、どうしてこんなに浅いんだろう。大正時代の教育雑誌には“1尺5寸(約45cm)以上ないと困ります”と、深めにするようアドバイスされていた。それが今は「遊具の安全に関する基準」(社団法人日本公園施設業協会作成)という冊子の中でも、基本的に20〜45cmが望ましいと書かれてる。

    砂場が浅い理由について、2つの業者が教えてくれた。
    「幼児はそれほど深く掘り起こさないですし、深くすると工事のとき時間も砂の量も必要になり、コストがかさみます。だから浅くて充分なんです。それに深くすることで水はけが悪くなり、砂が固くなったり、菌が繁殖するなど、子どもにとって良くない面も大きいですよね」
    「砂場の砂は、雨に流れることもあれば、砂場の外に砂を出す子もいますので、だんだん減っていきます。そのため本来は砂をこまめに補充すべきなんですが、公園などで管理が行き届いていない場合、砂場に大きな段差ができてしまう危険があります。そのため、浅めにして事故を防いでいるというのも、理由のひとつです」

    コスト面だけじゃなく、遊ぶ子どもたちのことを考えて、浅く作られていた砂場。
    砂場が深かったような気がした記憶は、自分の体が小さかったからこそ、かもしれません。





  • だからこの時点でツイッター同様のサービスが幾つか出てくるのは健全なことだと思うし、市場を分断し合うのも健全なことだと思う。ツイッターのユーザー数がどの程度だったか忘れたけど(調べろよ>自分)、Facebookのユーザー数は3億人だよ、3億人。1つの国家と考えてもいいくらいの人数だよ。そのFacebookのiPhoneアプリを見てごらん。まるでツイッタークライアントみたいなUIだから。

     つまり僕の読みでは、世界的にはツイッターとFacebookの間で「つぶやき」市場のシェア争いが行われ、日本ではツイッターとAmebaなうのシェア争いが行われるかもしれない。でもそれは過渡期的にはそれでもよくって、いずれ共通の仕様が策定されて、つぶやきは相互に行き来しあうようになるんじゃないかと思っている。楽観的過ぎるかもしれないけど。

     だって15年近く前は、インターネットといえばアメリカではAOLを思い浮かべる人が多くて、日本ではニフティーサーブを思い浮かべる人が多かった。でもユーザーはそうした1企業の「池」の中からインターネットとという「海」に泳ぎ出した。

     いずれツイッターやAmebaなうの「池」の中の魚も「海」に泳ぎ出ようとするだろうし、それを引き止める力はどんな大手ネット企業にもない。僕はそう思う。



2009年11月 5日 (木)

JustBlog 11/05/2009

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    • 豆大福の木村屋
      宅配無料サービス 受付は電話 224-6042 222-2297
                      ・豆大福20ケより宅配承ります。
                      ・地域は千葉市内。
                      ・受付時間 Am11:00~Pm3:00.

      販売所:木村屋本店、千葉三越
      260-0018 千葉市中央区院内2-13-11 千葉神社向かい
      TEL043-222-2297
      営 業:午前8時~大体午後4時(売り切れまで)
      定 休:日曜日
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    • 091103Tsurezuregusamain.gif
    • 英語の翻訳はたくさんあるのに、ネットで見られる古典の現代語訳って、教科書や参考書の訳文がほとんどだったりするわけで。そんななか、たいへん読みやすくわかりやすい徒然草の現代語訳を公開してくれているのが、こちらの「徒然草(吉田兼好著・吾妻利秋訳)」。

      読みやすさのほどを確かめるため、誰しも教科書で読んだことがある「第五十二段」、仁和寺の法師のセリフをちょっと引用しますね。

      原文:
      「年比思ひつること、果し侍りぬ。聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず」

      訳:
      「前から思っていた事を、ついにやり遂げました。これまた、噂以上にハラショーなものでした。しかし、お参りしている方々が、みんな登山をなさっていたから、山の上でイベントでもあったのでしょうか? 行ってみたかったのですが、今回は参拝が目的だったので、余計な事はやめておこうと、山頂は見てこなかったのです」

      仁和寺の法師に「ハラショー」と言わせてしまう見事なセンスに脱帽です。ほんやくコンニャクに近づきつつあるGoogle様の手の届かない領域であることは間違いないようです。


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links for 2009-11-04

  • 以下、消えてしまわないように肝の部分だけ。

    正規、非正規というまるで身分制のような仕組みをなくすためには、
    同一労働同一賃金やワークシェアリングの考え方を取り入れなければ
    ならない。正社員の側も、給与が下がる痛みを引き受ける覚悟がいる。

    “身分制”という言葉を使ってくれているのはポイント高いですね。
    さすがリベラル!





  • 今回の事件は、典型的な消費者問題が背景にあります。

    もともと結婚紹介業には、結婚目的でない人物が結婚相談所に登録して問題を引き起こすという「消費者トラブル」がつきません。まじめに結婚を求める人に、結婚するつもりがないのに近づいて、SEXだけを楽しんだり、金銭をせびったりという問題は以前からありました。

    インターネット登場以前からこうした問題は消費者トラブルの一つとして、問題になっていました。

    これに対し、「結婚紹介業」側は、入会審査を厳しくしたり、問題人物を早期に退会させたりするなどの「自主規制」で対抗し、旧経済産業省は、民間レベルの自主規制の問題と野放しにしてきました。

    今回の事件は闇サイトでおきたわけではありません。

    届け出業者以外の参入ができなくなった「出会い系サイト規制法」の改正後(2008年改正)も、今回の問題がひきおこされたという、厳然とした事実を重く受け止めるべきです。





  • お嫁さんにイタヅラされたことありますか?あるいは旦那さんにしたことありますか?
    あ~畜生いいなぁ~、単純にうらやましいぜ、ご馳走さまです。

    寝てる最中に、(小声で)ちょっと!誰か家に入ってきたみたいなんだけど! って言われて、びっくりしてあわてて飛び起きた ・・・今日は出張だから4時に起こしてって言ったでしょ。との事でした('A`)ホッ

    なるほど、この手は使えそうですねぇ~

    ある日飲み会で遅くなった日家の外からリビングを見たら宙に浮いた人影が揺れてる。 俺は嫁が自殺したと思い慌てて家に入るとマネキンがぶら下がってた。 酔いは一発で覚めた。 寝室に行き寝ている嫁の布団をめくるとまたマネキンが‥‥。 寿命が縮んだ。 嫁はクローゼットから出てきたよ。

    本格的ですね。

    ある日、携帯を使おうと電源を入れたら、 待ち受け画面がいきなり子供の写真に変わってた。 ご丁寧にも 「お父さん、がんばって!」 というフキダシまで付けて・・・

    確かに仕事で精神的に参ってた時期ではあったが、
    小賢しいイタズラしやがって。
    しばらくはモニタが滲んでよく見えなかったじゃないか・・・

    嗚呼、涙でにじんでもう書けな......いけれど。





  • 盃に酒をみたし、この世を天国にするがよい、

         あの世で天国に行けるかどうか分からないのだから。


     もちろん酒はイスラームで禁じられている。しかし詩人は、「もし酒が法に許されない楽しみであるなら、なぜ神はそれを造ったのか」という疑惑を持つ。天国は大きな黒い瞳の美女でいっぱいだという。そして、酒、乳、蜜があふれていると人は伝える。ならば、この世で酒や女を選んで、何の不都合があろう、と高らかに謳う。さらに、あの世にもある楽しみを、この世でガマンする必要はないではないかと問いかけてくる。

     虚無と享楽がセットでくると、エピキュリアン?と思いたくなるのだが、ちょっと違うようだ。人生の空しさを酒色に耽ってまぎらす快楽主義者ではなく、「人事を尽くした。天命を待つあいだ、一杯いっとく?」という感じ。時と距離を越えて、ペルシャの詩人を身近に感じるとともに、自らの無常観を再確認できる一冊。





  • Windows標準のごみ箱に代替可能な高機能ごみ箱ソフト。ごみ箱に捨てた後、指定した日数が経つと自動的に削除するように設定する機能がある。また削除済みのファイルも含めてごみ箱に入れたファイルを検索するなど、標準のごみ箱にはない機能がある。

    外見を自由にカスタマイズ(アイコン・大きさ・透明度)できるところが好きだ。





  • 「短歌は昔から何も変わっていない」という説もあるけど、それは違う。http://bit.ly/1EZYKP




  • 聖職者であるはずの宗教家が、玄関のインターフォンを押しているのはやりすぎだと思う。http://bit.ly/3cCYxr




  • 調査では、中学1年生から高校3年生までの男女3000人を対象に「教科書に落書きをしたことがあるか」を尋ねた。その結果、全体の約8割に当たる2301人が「ある」と回答。特に男子の場合、落書き経験者は9割を越えていた。

     「どのような落書きをするか」との質問に対しては「人物写真をいじる」が最も多く、以下「『の』や『9』などの字の中の部分を黒く塗りつぶす」「漫画のイラストを描く」「パラパラ漫画を描く」と続いた。

    「・・・」

     このことについて教育評論家として知られる坂本義太夫さんは「この業界では古くから『ノートがきれいすぎる奴はバカ』との格言があるが、まさにそれを裏付ける結果になった。私が高校教師をしていたころは、その経験上『ノートはきれいに書くな。鉛筆1本だけを持ち、利き腕じゃないほうを使って鏡文字で書け』と指導し、何百人もの予備校生を輩出してきた。」と話した。

     学究館では、今回の調査結果から「教科書への落書き」を授業カリキュラムに組み込んでいくとしている。





  • 英語の翻訳はたくさんあるのに、ネットで見られる古典の現代語訳って、教科書や参考書の訳文がほとんどだったりするわけで。そんななか、たいへん読みやすくわかりやすい徒然草の現代語訳を公開してくれているのが、こちらの「徒然草(吉田兼好著・吾妻利秋訳)」。

    読みやすさのほどを確かめるため、誰しも教科書で読んだことがある「第五十二段」、仁和寺の法師のセリフをちょっと引用しますね。

    原文:
    「年比思ひつること、果し侍りぬ。聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず」

    訳:
    「前から思っていた事を、ついにやり遂げました。これまた、噂以上にハラショーなものでした。しかし、お参りしている方々が、みんな登山をなさっていたから、山の上でイベントでもあったのでしょうか? 行ってみたかったのですが、今回は参拝が目的だったので、余計な事はやめておこうと、山頂は見てこなかったのです」

    仁和寺の法師に「ハラショー」と言わせてしまう見事なセンスに脱帽です。ほんやくコンニャクに近づきつつあるGoogle様の手の届かない領域であることは間違いないようです。

    「・・・」

    また、徒然草の一節を定期につぶやいてくれる「つれづれぼっと」もありますので、ふと古き日本の言の葉に触れたいと思ったことのある人には、ぜひお勧めです。

    さらに現在は『源氏物語』の現代語訳もスタートしているそうです。長編中の長編ですが、こちらも成就されることを願っております。



2009年11月 4日 (水)

JustBlog 11/04/2009

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    • page: 2

       エネルギーを解説した本やサイトは、掃いて捨てるほどあるが、この点を的確に説明しているものは意外に少ない。

       その理由は、まず産出された石油の持つエネルギー量と石油を産出するのに必要なエネルギー量の比率(産出/投入比)が、200~300倍と桁はずれに効率が良いことだ。

       つまり、石油1バレルで、新たに石油200~300バレルを獲得できるという、驚異的な拡大再生産能力である。その理由は、石油が通常高い圧力で自噴するからである。

       さらに、同じ体積・重量で石炭のほぼ2倍の熱量があり、同じ体積で水素の3000倍、天然ガスの1000倍の熱量がある(1気圧下)からである。しかも、常温常圧下で液体であり、揮発性も高くないので、どんな容器でも貯蔵、輸送が可能であり、消費現場でも出力調整が極めて容易である。

       環境負荷的にも、石炭に比べると、産出現場でも消費現場でも汚染物質排出ははるかに少なく、またCO2排出量も2~3割程度少ない。この結果、石油製品の販売価格、すなわち使用価値に比べて生産・精製・運搬の平均コストが1/5程度と極めて小さく、結果として世界全体の石油産業で、ほぼ日本や中国のGDPに匹敵するほどの「レント」、すなわち粗利益を生み出す。

       このほとんどは、産油国と消費国の石油税やガソリン税などの税収となる。これほど莫大な富を生み出す産業は他にない。このように石油は、圧倒的に優れた低エントロピー・エネルギー源である。

      石油がエネルギー・チャンピオンになった理由:日経ビジネスオンライン (via jinon)

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2009年11月 3日 (火)

links for 2009-11-02

  • もう一度人生をやり直せるなら・・・・ 今度はもっと間違いをおかそう。 もっとくつろぎ、もっと肩の力を抜こう。 絶対にこんなに完璧な人間ではなく、もっと、もっと、愚かな人間になろう。 この世には、実際、それほど真剣に思い煩うことなど殆ど無いのだ。 もっと馬鹿になろう、もっと騒ごう、もっと不衛生に生きよう。 もっとたくさんのチャンスをつかみ、行ったことのない場所にももっともっとたくさん行こう。 もっとたくさんアイスクリームを食べ、お酒を飲み、豆はそんなに食べないでおこう。 もっと本当の厄介ごとを抱え込み、頭の中だけで想像する厄介ごとは出来る限り減らそう。 もう一度最初から人生をやり直せるなら、春はもっと早くから裸足になり、秋はもっと遅くまで裸足でいよう。 もっとたくさん冒険をし、もっとたくさんのメリーゴーランドに乗り、もっとたくさんの夕日を見て、もっとたくさんの子供たちと真剣に遊ぼう。 もう一度人生をやり直せるなら・・・・ だが、見ての通り、私はもうやり直しがきかない。 私たちは人生をあまりに厳格に考えすぎていないか? 自分に規制をひき、他人の目を気にして、起こりもしない未来を思い煩ってはクヨクヨ悩んだり、構えたり、落ち込んだり ・・・・ もっとリラックスしよう、もっとシンプルに生きよう、たまには馬鹿になったり、無鉄砲な事をして、人生に潤いや活気、情熱や楽しさを取り戻そう人生は完璧にはいかない、だからこそ、生きがいがある。
  • http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare253.pdf(血祭りやだまし討ちにかかわるのは僕の仕事ではないんだよ それが僕と政治学者の違いかな)

    >今後起こることは、政治センス(?)に充ち満ちた政治家たちのリーダーシップのもとで、万が一巧く展開するとなれば、冬の時代を生きる官僚をはじめとした人たちを血祭りに上げて国民の溜飲を下げてあげたり、血祭りをみて歓喜する国民をだまし討ちにすることくらいかな――巧くいけばそういうことになるだろう。でも、血祭りやだまし討ちに協力することは僕の仕事ではないというだけの話である。僕と違って、政治学者ってのは、そういう血祭りやだまし討ちを嬉々として議論しては盛り上がっているように見えるのは昔からのことだけど、いいんじゃないかな、政治学者、そしてメディアの中の政治部ってのは、そういうのも仕事みたいだから。僕の仕事は、政策技術学として使える学問をできる限り総動員して、あるべき社会保障、あるべき税・財政の制度設計、あるべき社会経済制度の設計を行うことであり、政策技術屋としての僕は彼らとは根本的に仕事の質が違う。





  • なぜ、日本人は世界一長い労働時間をぬってまで、自己のプライヴェートを書くのか。
    以前から疑問に思っていたのだが、やはりここには日本型雇用というカルチャーが
    関係しているような気がしてならない。

    終身雇用といえば聞こえは良いが、個々の労働条件は確実に下がる。
    転職という最強の武器を自ら放棄するのだから当然だ。
    逃げ場のない労働者には、少々のムリでも飲ませられる。
    何のことはない、これが滅私奉公だの愛社精神だのの正体である。

    そうやって組織から与えられる役目をこなすだけとなった人間にとって、意志や
    主体性を発揮する場面は少ない。だが人間である以上、どこかで発散してバランスを
    取ったほうが健全だ。というわけで、Webというツールが発散の場を提供しているのだろう。

    この手の感覚は、何も傍流や窓際だけのものでもないらしい。
    某大企業の知人に聞いた話だが、45歳以上の早期退職募集に際して、退職金の割増金額
    を尋ねる電話をかけてくる社員の中には、第一線で活躍中の“主流”が少なくなかった
    そうだ(勤続年数や基本給によって額が変わるので人事に計算してもらう必要がある)。
    外線から人目を忍ぶようにしてそっと退職金額を尋ねる部長たちと話していて、
    そういった社内的勝ち組でさえ、満ち足りてはいないのだなと感じたそうだ。
    もはや過半数は課長昇格すら危うい団塊ジュニア以降は、なおのこと欲求不満を募らせる
    に違いない。





  • 製造ライン研修というのは(事務系は含まない等の違いはあれど)大手メーカーなら
    どこでも見られる。今回はそれを全新人にし、期間も三ヶ月と拡大するものだ。
    ちなみに僕も長野でシリコン洗ったことがある。

    トヨタとしては、プリウスの需要増が財政出動による“先食い”であることを
    良く理解しているのだろう。本来なら期間工や派遣と言った非正規雇用で対応する
    のだろうが、数ヵ月後に解雇すれば、また盛大にバッシングされるのは目に
    見えている。実際、某政党などは手ぐすね引いて待ち構えているはずだ。
    そんな罠にのこのこ飛び込んでいくほどトヨタはバカではない。

    大卒総合職を製造現場に回すことに違和感を感じる人も多いと思うが、終身雇用
    を前提に、あらゆる職をローテさせるのは日本型雇用のお家芸だ。
    重要なのは「トヨタの正社員」という身分であって、
    「何の仕事をしているのか」ではない。
    そういう意味でも、今回のトヨタの対応は実に日本らしい雇用対策である。
    椅子に座っていない人間にとっては、何の慰みにもならないだろうが。

    以前、安易な規制では失業率は改善せず、せいぜい正社員の残業が増えるだけだと
    述べた。かわりに新人の研修期間が増えたわけだ。
    新政権は、ついでに「新人のライン研修禁止」という法律も作ってみてはどうか。





  • 父親のトラウマ的体験を「それについては何も語らない」という仕方で遺贈された息子にとって、「父のトラウマ的経験」は、「トラウマ」と呼ぶことが出来ない。
    というのは、トラウマというのは語義的には「実際に経験したはずなのだが、それを言語化して、自己史の正史に登録することができない経験」のことだからである。
    ただし、フロイトがヒステリー症例研究で指摘したように、トラウマ的経験の中には「実は経験していないこと」が含まれている。

    「実は経験していないこと」を「私は『何か言葉にできないようなこと』を経験した」と思っていて、その「経験したはずなのだが、どうしてもそれを言葉にできない不能」に苦しんで、それが人格の骨格をかたちづくってしまっているというトラウマの病態が存在する。
    村上春樹における「中国」はそのような種類のトラウマではないのか。
    その場合、「実は経験していないこと」を「物語」として語り、ありありと現前させるというのは、このトラウマから離脱するための効果的な方法でありうるのではないか。
    村上春樹がやっているのは「そういうこと」ではないのか。

    司馬遼太郎がノモンハン事件を描けず、村上春樹が描けたのは、「経験していないこと」について妄想的に細部まできっちりと描くことの方が、「多少とでも経験したこと」に基づいて「リアリティ」を重んじて描くことよりも、脱-トラウマ的な営みの「王道」だからではないのか。





  • いよいよ全ユーザーに公開された、Twitter の新機能「リスト(Lists)」。限定公開中も「便利だ」「いや Twitter らしさが失われる」などという議論が行われていましたが、人気ブロガーの Chris Brogan がこんなコメントを出しています:

    ■ Twitter Lists- Im Not Down (Chris Brogan)

    彼は「リスト機能は人々と情報をグルーピングするためのツールになる」と価値を認める一方で、こんな批判もしています:

    In talking with friends about it on Twitter, people immediately started DM-ing me, telling me that they felt left out or even LESS important because they weren’t on any lists. Lists are exclusionary by nature. They’re static. There’s a lot of reasons why they might not be all that pleasant for people.

    友人達と(リスト機能について)Twitter 上で話していると、皆が僕にDMを送ってきて、リストに載っていないと「置き去りにされたように感じる」「重要でないかのうように感じる」と主張し始めた。リストは本質的に、排他的なものなのだ。そして同時に、固定的なものでもある。それが人々にとって、リストが必ずしも愉快な物ではない理由である。





  • http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51303508.html

    いままで地球温暖化なんか嘘だ、まやかしだと強硬に主張していた人間が、(ないはずの)地球温暖化を防ぐためには公害源として有名な亜硫酸ガス(二酸化硫黄)を大量にばらまけ、と主張するのが論理的一貫性に欠けることだけは理解できます。

    自然科学的な解説や批判は中身について語りうる方がされるでしょうから、わたくしが一知半解であれこれ言うことは一切控えますが、これって、いままで日本に貧困なんかない、嘘だまやかしだと主張していた人間が、(ないはずの)貧困を防ぐためには(ベーシックインカムと称するはした金の代わりに)社会保障制度をことごとく廃止すればいいというのに、何となく似ている気がします。

    もちろん、最大の問題は、こういうインチキな議論に引きつけられてしまう心の弱い善男善女の群れなのでしょうが・・・。





  • 『徒然草』の姉妹サイト(?)を開設しました。

    http://www.genji-m.com/

    脱稿できる自信もないのですが、もしよかったら覗いてみてください。



2009年11月 1日 (日)

links for 2009-10-31

  • 印刷時にTableのヘッダーを繰り返し印刷させるためのCSSです。こちらを印刷用CSSに書いておけばOK。

    thead {display: table-header-group;}

    なお、Tableの記述の際は、ちゃんとtheadとtbodyを省略せずに記述してくださいな。



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